第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 989 / 5,444
バーバーは夜遅くにも彼らを訪ね、時には午後10時から午前2時30分の間に二、三度やって来て瞑想の様子を確かめた。
師の指示のもと、さまざまな人々が出入りしていた。11月17日、スーナマーシーと娘のコルシェドはボンベイからトカに戻り、女性マンダリに加わった。チャンジは十日間ボンベイとナヴサリへ遣わされており、その翌日に戻ってきた。
1928年11月初め、バーバーは再びトカの気候について不満をこぼし始めた。冬が近づいており、少年たちとマンダリの健康状態は思わしくなかった。多くの者が風邪と発熱に苦しんでいた。
11月18日の日曜日、機嫌の優れないバーバーは言った。「もうアシュラムをメヘラバードへ戻す方がよいでしょう。選ばれた数名の少年を除き、その他は皆家へ帰すことにします。プレム・アシュラムの少年たちは宝石であり、私が彼らを〈道〉の上に立たせましょう。」
それからバーバーはすべての少年に、メヘラバードでの滞在準備が整うまで一ヶ月の間家に帰っていなさい、その後再び呼び戻すと説明した。バーバーの説得により、子供たちは別れが一時的なものだと信じて家に帰ることに同意した。その日のうちに、アフマドナガル出身の少年7名が家に送り返され、翌日にはボンベイ、カラチ、プーナ出身の18名がパドリとベヘラムに付き添われて出発した。
この新たな展開の背後にあった謎は、11月19日にアガ・アリの父親が三度目にトカへやって来たことで解き明かされた。彼は今回、悪名高いギャングを連れて来て、息子を強制的に返すよう要求した。アリは父親に引き渡され、彼らは翌日去って行った。バーバーがこの数か月の間、少年たちと共に昼も夜もあれほど精力的に働いてきたのは、まさにこの理由からだった。自身の仕事が終わるや否や、彼は突然少年たちを家へ帰すという決定を告げ、その翌日アリの父親が到着し、息子を返さなければ自分の「ボディガード」によって恐ろしい結果になると脅した。
11月20日までに、ペスーは三組目のヒンドゥー教徒の少年たちを家へ送り届け、プレム・アシュラムにはわずかな少年しか残らなくなった。この一団の中にはペルシア出身の14名の少年も含まれていた。
わずか10名の地元ヒンドゥー教徒の子供たちで始まったメヘル・アシュラムは、徐々にその数を増やし、1928年11月18日までには合計102名(ヒンドゥー教徒49名、ゾロアスター教徒32名、ムスリム20名、キリスト教徒1名)となっていた。1少年たちのほかにも、男たち、女たち、家族あわせて100名がトカに住んでいた。
脚注
- 1.49名のヒンドゥー教徒のうち、15名はハリジャン、15名はマラータ、11名はバラモン、8名はその他のカーストであった。
