第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 965 / 5,444
駕籠(かご)がなかったため、バーバーは男性マンダリの肩に担がれたガディに乗せられて運ばれた。一同があまりに歓喜に没頭していたため、我を忘れて勢いよくバーバーを持ち上げたところ、バーバーはガディから転がり落ち、藪の中に落ちてしまった。バーバーは怪我を負ったにもかかわらず微笑み続け、やがて行列はメヘル・アシュラムへ戻った。
そこではクリケットの試合が行われ、バーバーはなお断食中であったにもかかわらず、両陣営に立って力強くプレーした。その日の慣習に従って、ヨーグルトを入れた素焼きの壺が高い所に吊るされ、棒で叩き割られ、少年たちはこぼれ落ちた凝乳を口にしようと我先にと駆け寄った。アシュラムの集合写真はG・M・シャーが撮影し、その後バーバーが皆に食事を給仕した。
翌日にはさらに写真が撮影された——一枚はバーバーとムルリの写真、もう一枚はバーバー、チョータ・バーバー、そしてマンダリが舟に乗った写真であった。バーバーとプレム・アシュラムおよびメヘル・アシュラムの全少年たちとの写真、ならびにクリシュナに扮したバーバーの単独の写真も撮影が手配された。手元の材料はわずかしかなかったにもかかわらず、女性たちはバーバーのために美しい王冠を作り上げた。客人たちは、それを本物の宝石をちりばめた王冠だと信じ込んだほどであった。ラムジューの妹アミナ・ジャファーは深く心を打たれ、ひとりごちた。「いつの日か、私もバーバー、あなたを見事な装いに飾らせていただきます。」1
師はクリシュナの誕生日に少量の米とダール[豆料理]を口にして長い断食を破ったが、二日後にはふたたび断食を始めた。バーバーのアールティを歌うのに加えて、少年たちは毎夜バーバーの足を牛乳で洗うことも始めていた。
その三日後(九月十三日)、バーバーはミルクティーを断ち、シャルバット[甘い清涼飲料]を一杯、あるいは果汁か薄い紅茶のみを摂るようになった。この断食はその後四十三日間にわたって絶え間なく続いた。
夜、暗闇の中を外出する際には皆ランタンを持って行くように、というのがバーバーの指示であった。九月十日の夜、メヘルジーは小用を足しに外へ出たが、ランプを持ち忘れた。その過ちはただちに代償をもたらした。ランプがあれば見えたはずの大きなサソリが、彼を刺したのである。彼は一晩じゅう痛みと落ち着きのなさにのたうち回り、この出来事のために、師の言葉に従わぬとどうなるかという教訓を生涯忘れることがなかった。エドケも同じ夜にサソリに刺された。
当時トカに住んでいたグスタジの兄弟ホミ・ハンソティアは、サソリの刺し傷の痛みを和らげると言われる特定のマントラを心得ていた。
脚注
- 1.数年後、アミナは実際にバーバーにアラブ式の長衣と頭飾りを着せた。
