第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 962 / 5,444
私を瞑想してください。そうすれば、ほかの想念は自然とあなたの心を煩わさなくなります。私への瞑想という蚊帳によって、あなた自身の想念に刺されぬよう、自らをお守りください。
私の姿を心の目の前に呼び起こすために、私のさまざまな身体的な活動を思い浮かべてください——あちこちに赴くこと、談話をすること、ダルシャンを授けること、少年たちに口づけし抱きしめること、遊ぶこと、少年たちと冗談を交わすこと、自席にもたれること、レコードを聴くこと、等々です。そして、このように私の活動のなかにいる私を目にすれば、必ずや姿があなたの目の前に立ち現れることでしょう。その光景が現れたなら、これを逃さず、心のうちにしっかりとつかみとり、ありったけの愛情をもってそこに集中してください。こうして私のさまざまな活動についての瞑想は、あなたを私の姿への集中へと導き、あなたはやがて何時間もそこに集中して座ることになるでしょう。
私が説いたことを思い起こし、私に呼びかけ、私を心に留めたうえで、覚えているかぎりの私の動作、身振り、表情、活動について瞑想してください。想念が割り込んでも、そのままにしておいてください。少しも気に留めないでください。
私は選ばれた少年たちの一部と、少数のマンダリに、瞑想の方法を教えましょう。それは皆から完全に離れたところで行わねばなりません。瞑想は煩わしい重荷であってはならず、退屈なものであってもなりません。喜びを与えるものでなければならず、続けられねばなりません。
バーバーは三つの座法を実演し、意味深い一言を述べた。「私がイエスであった時、私はある盗人にこれらの方法を示しました。」
続けてバーバーは、瞑想のために早朝、すなわち午前四時から六時のあいだに目覚めることの重要性を強調し、次の言葉を引いた。
夜の第一の時には、たいていの人々は目覚めています。
夜の第二の時、真夜中の前には、遊楽の徒と大食漢たちが目覚めています。
夜の第三の時、真夜中ののちには、盗人たちが目覚めています。
夜明け前、夜の第四の時には、ヨギ(行者)たちが目覚めています。
少年たちのひとりがヨギはどのように瞑想するのかと説明を求めたとき、バーバーはヨギ式の瞑想と、ビワに説いた瞑想との違いについて簡潔に述べた。
ヨギの瞑想と、[神あるいはグルへの]誠実な瞑想とのあいだには、大きな違いがあります。ヨギの瞑想はサマーディに終わりますが、愛から行われる瞑想は合一に終わります。ヨギの瞑想は、愛のはたらきが始まるところで終わるのです。
ヒンドゥーの祝日であった三十一日には、少年たちのために宝探しが催された。
