第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 958 / 5,444
十七日、ベイリーは数日のあいだ出かけた。その日、バーバーは奇妙なふるまいを見せはじめ、手近にあるものを次々と投げ飛ばした。彼は二度、痰壺と文字盤を投げ飛ばした。一度は正午、もう一度は夜のことだった。夕べ、バーバーは初めてガーディ [座] を食堂に置かせ、少年たちが食事をするあいだそこに座っていた。
午前一時から日の出まで瞑想していた幾人かの少年たちは、明らかにあまり眠れていなかった。健康を案じたバーバーは八月十八日、少年たちと個別の面談を行いはじめ、よく眠れたか、体調はどうかと尋ねた。ほぼ三十人の少年が、瞑想のために夜中に起きていると打ち明けた。それでも、睡眠不足にもかかわらず、少年たちは平素と変わらず冴え冴えとして活発に見えた。
カク・サヘブはウルドゥー語でさらに詩を書きたがり、バーバーは彼にこう言った。「私が数日後に「奥に」入ったら[隠遁に入ったら]、書きはじめなさい。あなたに何らかの体験を授けましょう。そうすればあなたの書いたものは多くの魂を導くことになるでしょう。」
翌日には弁論大会が催され、ダケとラムジューが優勝者と発表された。五時に賞品が配られようとしたまさにその瞬間、自らの子の返還を求めて怒り狂ったムスリムの親たちの一団が突然乱入し、その喜びの空気は台無しとなった。なかにはそのための法的な令状を携えてきたアガ・アリの父親もいた。
バーバーは親たちを待たせ、二時間以上にわたって、対応について意見が分かれていたマンダリとこの問題を議論した。法廷で徹底的に争うべきだと考える者もいれば、少年たちを引き渡して騒動を収めるべきだと考える者もいた。意外にも、バーバーは訴訟を避けるために後者の側に立ち、その夜、アガ・アリとほかの三人の少年は親の手に引き渡された。
その後、バーバーはアガ・アリの運命についてこう述べた。「四人の少年が去りましたが、そのなかでアリが最も優れていました。アリはひどく苦しむでしょうが、その苦しみが彼を私のもとへいっそう近づけるでしょう。私のために苦しむのは良いことです。もっとも、父親が彼をここに残してくれていたなら、なおよかったでしょう。両親のもとで幸せに過ごすなら、それで結構です。もし発狂すれば、父親が彼を私のもとへ連れ戻すでしょう。もし亡くなれば、彼は私のなかにいることになります[解脱します]。しかしいずれにせよ、大丈夫です。誰にも奪うことのできない愛を彼が持っているからです。」
