第7章: トカ
1928年· ババ 34歳ページ 954 / 5,444
8月3日、バーバーは5時に起き、8時に少年全員を呼んで、それぞれに新しい上着、本、鉛筆、自身の写真、そして自身の生涯について書かれた本(おそらくダストゥールの小冊子)を贈った。
二日後、まったく異なる出来事が起こった。バーバーがガーディー[座]に座り、少年たちが周りに集まっている時、バーバーは各少年を「特別なプラサード」のために呼び寄せた。では、そのプラサードとは何だったのか?バーバーがお尻を一発蹴ったのだった!プレム・アシュラムとメヘル・アシュラムの少年全員に対し、初めて身体的な訓戒が下された。その後、蓄音機のレコードがかけられ、お菓子のプラサードが配られた。
バーバーの特別なプラサードには意味があった——数日のうちに少年たちの行動や態度が劇的に変わったように見えたのだ。少年たちはますます熱心に瞑想を始め、午前1時に起きて瞑想に取りかかる者さえいた。指示されなくとも、自発的に瞑想するようになった。数日のうちに、半ダースを超える少年たちがプレム・アシュラムへ移される準備が整った。驚くべき点は、霊的に触発されたこの新しい少年たちの中に、最悪の問題児であった者まで含まれていたことであった。少年たちを担当するマンダリは、バーバーの特別なプラサードがいかに効果を発揮したかを目の当たりにし、深く感銘を受けた。
1928年8月5日日曜日の談話の中で、バーバーは、ムハンマド教徒の装いで現れイスラム教に改宗したと告げたグスタジの兄ホミ・ハンソティアに対し、次のように強調した:
ムクティ[今後のすべての生死からの解放]は、完全なる導師に対する身を委ねることなしには得られません。
パールシー新年を祝うため、8月9日は学校が休みとなり、クリケットが行われた。10時30分から正午まで、少年たちはバーバーの足を洗った。
パールシー新年を祝うため、8月9日は学校が休みとなり、クリケットが行われた。10時30分から正午まで、少年たちはバーバーの足を洗った。それより前、クリケットの試合中にバーバーは膝を負傷したが、痛みがあり断食中であったにもかかわらず、バーバーはいつものように活発にプレーした。後にバーバーが皆に食事を配り、皆はバーバーが間に座った木陰でそれを食べた。3時に再びクリケットが行われたが、今回はバーバーは負傷のため参加せず、傍らから見守った。
