第6章: 愛が泣いている
1928年· ババ 34歳ページ 890 / 5,444
ラジャラムはもちろん、アブドゥラよりはるかに低い状態にあります。彼もまたすべての中に私を見ており、そのままとどまるでしょうが、悟りに至ることはありません。
さて、私が準備するこれらの聖人の中から、二、三人は悟りに至り、サークルの準備の時に、またそれとともに降ろされるでしょう。彼らには、世界で講演するという特別な任務も与えられます。彼らにはサークルはなく、誰にもいかなる力も与えることはできず、誰にも害を与えることさえできません。人々が彼らから得られる唯一の益は、彼らのダルシャン [拝謁] と講演によるものです。彼らはサーリク型であり、したがって意識があります。
マジュズーブについて言えば、彼らは悟っていますが、世間を意識していないため、世の人々のためにできることはごくわずかです。人々は彼らに仕える益だけを得ることができます。彼らは悟っているからです。
サークルの成員には、悟りに至って降ろされた後、それぞれ特別な任務が割り当てられます。内的なものと外的なものの両方です。彼らは個々の人を [境地へ向けて] 「向ける」ことはできても、誰かを悟らせることはできません。世の人々は、彼らのサハヴァス [親しい交わり]、講話、そして祝福から多くの益を得ることができます。彼らはサッドグルたちの秘密の会合にも出席できます。彼らにはサークルがありません。[完全なる] 導師たちを除いて、誰もサークルを持っていません。
要するに、ラジャラムとアブドゥラは視界を得たのです。彼らの粗大の身体は、今後さらに二、三か月危険な状態にあり、繊細に守られなければなりません。興奮によるごくわずかな衝撃でも、彼らの命を危険にさらすか、麻痺させる可能性があります。
導師である私たちが、より高い境地から誰かを降ろす仕事がこれほど困難である理由の一つは、目が内側に向けられると、通常は下方へ流れる人体の血液の圧力を逆転させ、上方へ向けなければならないことにあります。この時、誰かを精妙界から粗大界へ降ろす際には特有の抵抗があるため、非常に注意深く扱わなければなりません。魂は、より高い状態からより低い [粗大] 状態へ降りることを望まないからです。ちょうど今、アブドゥラとラジャラムの場合に経験されたように、この抵抗の中で、粗大の身体はいつでも脱ぎ捨てられ得ます。
チョータ・バーバーは午後二時から四時三十分までバーバーのそばにとどまり、その後はいくらか正常に見えた。
