第6章: 愛が泣いている
1927年· ババ 33歳ページ 820 / 5,444
それまでの数日間は曇っており、太陽は照っていなかった。三日、バーバーがマンダリのところへ来た時、彼は休みたがっていたが、悪天候が彼に影響していたようだった。彼は説明した。
私は休むためにここへ来ました。私にとって休息とは、私の霊的な仕事を完全に止めることを意味します。長年の後、今日私は自分自身にこの休息を許したいと思いました。しかし、私自身が創造した自然が、それを許しません。これらの幻影の力がどのように障害となるかは、次のことから理解できます。通常、私の霊的な仕事のために、私の宇宙心は粗大界、精妙界、[精神界]、そして神ともつながっています。私が仕事を止める時、私の宇宙心は幻影、すなわち粗大界、精妙界、[精神界]から自らを切り離し、神性の中で「休み」たいのです。
この障害を取り除き、同時に休むためには、私は登る山を必要とするか、身体活動のために走る必要があるか、遊びをするか、あるいは日光を浴びて自分を幸せに保つ必要があります。しかし今はそういう状況ではないので、可能な道は二つあります。休まないこと、あるいは私自身が作った法を破ることです。もし私が望めば、五秒以内に太陽を照らすことができます。しかしそれは、全創造を支配する法を破ることになります。誰のせいでもありません。誰にも助けることはできません。元素を制御し死者をよみがえらせる偉大なヨギやサッドグルでさえ、太陽を照らすことも、この件について何かをすることもできません。なぜなら、アバターである私自身が、個人的にこれに関わっているからです。通常の出来事の流れにおいて、サッドグルは法を破ること以外なら何でもできます。法を作る者は、法を破る者にはなりません!
[地上の]五十六の神を実現した魂のうち、五人の完全なる導師が最も重要です。そしてすべての中で最高位にある一者は、アバターである私自身です。私は七百年から千四百年ごとに来ます。そして、サッドグルでさえアバターに肉体的に触れることを切望するのですから、あなた方一人ひとりが私を個別に愛する機会を持つことは、疑いなく非常に稀で幸運なことです。
世界が痛み、悲惨、苦しみ、混乱に捕らわれている時、私は自らを顕します。その時、霊性は頂点に達し、物質主義は最低の水準にあります。その後また、時の経過とともに、霊性は弱まり、物質主義は増大します。
