第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 754 / 5,444
全員が六時に起床し、夜十時までには就寝することになっていた。朝はミルクティーとパン、昼食には米とダール、午後は再びミルクティー、夕食には野菜料理とパンをとることになっていた。
夕方、ゴパル・スワーミーとモーハンが到着し、セーラー・ママはプーナへと発ち、サイイェド・サヘブは面会のためにやって来た。ニサルもまた、少年たちの世話をカカ・シャハネに引き継いだ後、戻っていた。
数日後の1926年12月10日、バーバーは男たちに、自分で仕事を見つけなければならないと説明した。
バーバーはこう述べた。「規則的な仕事や活動が欠ければ、あなた方の健康を損なうばかりか、今後の仕事に対する無関心も生み出し、それは私にとって妨げとなるでしょう。」
最初、男たちはチャイ屋や工場での雇用を探すことを話し合ったが、グラブシャとアフセリは、アンデリ・マッチ工場が近くにあり、仕事が出来高制で外注されているので、住居でマッチ箱を作る仕事をしようと提案した。バーバーは同意したが、その仕事が手に入らないなら、少なくとも十二人のマンダリは他の職に就かなければならず、他の仕事が見つからなければ荷運び人としてでも働かねばならない、と付け加えた。
グラブシャ、アフセリ、ベヘラムジはマッチ工場へ行き、ラベル付きのマッチ箱を1,000個作るための材料を買い入れた。作業は翌朝から始まった。誰もこの種の仕事に慣れていなかったため、マッチ箱を作る作業は最初のうちは遅かった。バーバーは、二日のうちに作り方を覚えるよう指示していた。バーバー自身も彼らの労働に加わり、退屈な作業に真剣な雰囲気を持ち込んだ。
12月12日、バーバーはこう述べた。「毎日八千個のマッチ箱が仕上がっていなければなりません。さもなければ、別の仕事を探してください。」
男たちはバーバーに作業を続けさせてほしいと願い出、バーバーはそれを認めた。バーバーはアフセリと他の二人に、毎日工場へ行って作業に必要な材料を持ち帰り、出来上がった製品を届けに戻るよう指示した。バーバーは、行きも帰りも徒歩でなければならないと定めた。
アディ・シニアが11日にアフマドナガルからバーバーに会いに来、アルジュンの兄弟バラもプーナからやって来た。アルジュンが最善の看護を受けながらも快復していなかったため、バラはロナヴラへ行き、カリームとワマン・スブニスと交代するよう指示された。
メモ、アディ・ジュニア、マニがボンベイへバーバーに会いに来た。バーバーは十二歳の弟と八歳の妹と遊び、その睦まじい会話を楽しんだ。
