第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 671 / 5,444
勇敢な英雄が間一髪で現れ、不運な者を救ってくれることを、皆がどれほど切望することでしょう。被害者がその窮地を切り抜ければ観客は喜び、悪役が優勢になれば惨めな気持ちになります。要するに、あなた方の感情はスクリーンの映像で起こることに合わせて動くのです!しかし上演が終わった瞬間、あなた方は気づきます、「ああ!それは単なる映画——スクリーン上の映像にすぎなかった!」と。——そして観ている間にあなた方の内に湧き上がった感情には、何の根拠もなかったのです。それは単なる劇、想像あるいはバース [幻影/幻想] が生み出したものであり、あなた方はそこに没入していたにすぎません。
まさにこの通りに、私たちのこの人生と宇宙を考えてご覧なさい。私たちは皆、この世の舞台で自分の役を演じており、人生という芝居が終わったときにのみ、これがすべて夢であったと気づくのです。それは実体のない単なる映画です。なぜなら偽りであり、作り上げられたものだからです。あなた方が周りに見るものすべては、まったくの無です。すべては偽りです——幻影、芝居、映画、蜃気楼です!それゆえ、私はすべての人に繰り返し強調します、マーヤーに惹かれてはなりません。神の名を唱え、神と一体となった方々を求めて身を委ねてください。そうすれば、その方々があなた方を安全に正しく導き、助言してくださることでしょう!
ガデーカルは試験に合格したものの、その後の学業のことで気を揉んでいた。
6月5日の夜、バーバーはガデーカルにこう助言した。「心配のせいで、この宇宙が生じたのです。そして今や人間は、心配に心を奪われているために、自らの真の自己を実現することができずにいるのです。いかなる動揺、いかなる心配、いかなる災難に直面しても、平静を保ち、静かにしていらっしゃることをあなたに勧めます。そのような考えを心に入れさせず、「バーバーのもとへ行きなさい!」と告げて、それらをすべて私の方へ送ってください。私の助言に従えば、物事はうまく運ぶことでしょう。」
6月9日、バーバーはマンダリにこう述べた。
私の信者の数は多いですが、私の弟子の数ははるかに少ないのです。信者は自らの献身の喜びを求めますが、弟子の唯一の務めは導師の命令に従うことであり、こちらの方がはるかに困難です。信者は自分自身で導師を選び、その方に身を委ねます。導師は自らの弟子を選びます。それゆえ、多くの者が信者になることはできますが、ごく少数だけが弟子になることができるのです。
