第1章: 涙を流す時代
ウパスニ・マハラジ
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カシナートはその花輪をナラヤンの恩寵の贈り物として受け取り、それから静かに群衆の中から抜け出した。
時代は思った。「歌い手は見つかったのだろうか。」しかし、カシナートは彼の顔を見ていなかった。カシナートは歌い手の触れを感じていたが、歌のこだまはいっそう大きくなった。圧倒的な旋律が彼を打ち砕き、彼の涙は愛の炎の中で消え去っていた。
カシナートと妻はドゥリアへ旅し、彼の兄弟バル・クリシュナ・ラオのもとに滞在した。カシナートの呼吸器の病は悪化し、息をすることがあまりに困難になったため、これ以上の治療が効かなければ自殺しようと決意した。
自殺の思いに心を悩まされながら、彼は1911年4月に一人でドゥリアを去った。彼は知らなかったが、カシナートの苦悩は、それが無限の規模に達した時にのみ取り除かれ得るものだった。病そのものが治療薬となるのだ!しかし、それまで哀れなカシナートに何ができただろうか。彼は息をすることも、息を止めることもできなかった。ああ、これはいったいどんな人生だったのか。火の海を渡らねばならないのに、同時に、一かきごとに溺れなければならないのだ!
「カシナートはこの火の中で溺れていた」と時代は観察した。「そして、誰も彼の苦しみを想像することはできない。」
カシナートは一人、パイタンへ向かう途中でアフマドナガルの町をさまよった。アフマドナガルで彼は、およそ30マイル離れたラフリに住むクルカルニ・マハラジという偉大なヨーギーのことを聞いた。クルカルニ・マハラジは偉大な癒やし手とも見なされていたので、健康のことで追い詰められていたカシナートは、パイタンではなくラフリへ向かった。
カシナートが到着すると、ヨーギーは深い敬意をもって彼を迎え、カシナートの体に油を塗ってもみほぐし、彼を沐浴させ、それから食事を出した。食事をしている間、ヨーギーはカシナートに、サイ・ババに会うためシルディへ行くよう告げた。サイ・ババをイスラム教徒の導師だと理解していたカシナートは、助けを求めてイスラム教徒のもとへ行くことを好まず、ヨーギーの助言を退けた。
後にクルカルニ・マハラジはカシナートに説明した。「あなたのこの呼吸の問題は、肉体の病気ではありません。それは高度なヨーガ修行の結果です。努力すらせずに、あなたは何年も何年もある修行を試みてきたヨーギーたちをはるかに超えています。」そして彼は繰り返した。「サイ・ババを訪ねることが、あなたにとって最善です。彼なら道において、あなたをさらに進ませることができます。私はこのようにはあなたを助けることができません。今あなたを助けられるのは、サイ・ババだけです。」しかしカシナートは、深く根差したバラモンとしての偏見をなお抱いており、ヨーギーの助言を退けた。
カシナートはヨーギーのもとを去り、後にラフリの町にいた時、年配の医師に出会った。
