第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 640 / 5,444
それからバーバーはマンダリに尋ねた。「あなた方は、彼の死を悲しく思いますか?」
ジャムシェドはマンダリのもとを絶えず訪れており、バーバーの兄であることから格別に慕われていると見なされていた。
皆が肯定すると、バーバーはこう述べた。「この悲しみはすべて偽りです。意味のないものであり、偽善です!本物ではなく、実のところ利己的なものなのです。」
マンダリの一人が言った。「しかし世俗的な見方からすれば、誰かが亡くなれば誰もが悲しく思うものです。」
「しかし、なぜですか?」とバーバーは尋ねた。「まさにそこに過ちがあるのです。死は偽りです!」
誰かが言った。「しかし彼はバーバーの兄上でいらっしゃったのに……お亡くなりになったのではないのですか?」
「ジャムシェドはまことに私の兄でしたが、死んではいません。むしろ、ジャムシェドは平安のうちに、私の内に憩っています。ですから、私はジャムシェドの死をまったく悲しく思いません。」
別のマンダリが尋ねた。「しかし、世俗の身である私どもには、どのようにすればこの事実を知り、受け入れることができるのでしょうか?」
「生と死の秘密を知る者たちを信じることによってです。」とバーバーは答えた。
ジャムシェドの逝去にちなんで、バーバーは死と臨終について詳しく説いた:
兄ジャムシェドが死に身を委ねてこの世を去ったと誰もが言いますが、それはまったくその通りです。ですが、世のあらゆる喧騒とざわめきは束の間のものであり、その演し物が終われば人は去らねばならないのです。私を信じてください、ジャムシェドは死んでいません。死んだのはジャムシェドの体なのです。誰もがジャムシェドは死んだと考えますが、私はジャムシェドは新たに生まれたと言いましょう!子が生まれたときに人々が示す喜びこそ、人が最期の息を引き取るときにこそ示されるべきなのです——悲しみや嘆きや同情のあらゆる演出ではなく。これは純然たる無知であり、生と死の秘密を理解する者たちは、この偽善的な見せかけを嘆かわしく思うのです。
もしあなた方に神聖なる眼があれば、肉体を脱ぎ捨てたあともなお、本来不滅である魂が常にそこに在ることを、自らの目で見て完全に確信することができるでしょう。そして死は、あなた方が思っているのとは違い、これに何ら違いをもたらすことはないのです。
誰もがジャムシェドは盛りの年にこの世を去ったと感じています。しかし人は遅かれ早かれ行かねばならず、その正確に適した時を知るのは神のみなのです。あなた方はどうしてジャムシェドが若かったと言えますか?ジャムシェドは数千年もの歳月を生きてきており、この地上であと何度生を享けることになるかは、神のみぞ知るところです!あなた方が目の前に見ていたのは、ジャムシェドの粗大の身体にすぎず、それが失われたために、あなた方はジャムシェドを悼んで涙を流しているのです。
