第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 633 / 5,444
カシナートは高熱と非常に重い肺炎により、メヘラバード病院に入院した。
バーバーは入院初日の1月7日、夜通しカシナートのそばに座り、デーワルガオン村から少年の両親を呼び寄せた。
床に就く前にバーバーはこう述べた。「私は大洋であり、人間とは水の中の泡のようなものです。泡が弾けると消え去り、再び大洋へと溶け込んでゆきます。」
翌日に到着した両親は、当然のことながら息子の容体を案じたが、バーバーは少年は大丈夫であると安心させた。マンダリの一人が、少年の額に当てる氷を取りにアフマドナガルへ遣わされた。他の者たちには、昼夜を問わず少年の枕辺に付き添うという務めが与えられた。バーバーはたびたび病院へ赴いてカシナートの様子を確かめ、カルカル医師に治療に関する指示を与えた。カルカル医師の診断では少年の生存に現実的な希望はなく、医師は完全にバーバーの指導に頼っていた。バーバーの指示どおり、パドリ、ペンドゥ、カルカルは少年の治療に最善を尽くし、その努力のおかげでカシナートは徐々に回復していった。バーバーは大いに喜び、カルカルには銀の花瓶を、パドリとペンドゥには毛織のマフラーを褒美として与えた。菓子が配られ、メヘラバードは喜びに沸く一日となった。
パタルディー出身の元弁護士が、ある修行に身を捧げ、ヨーギーとなっていた。1926年1月9日土曜日、その者はバーバーのダルシャンを受けるためメヘラバードへ来た。彼は霊性について導師に問いたいと望み、バーバーは彼のあらゆる問いに答えると承諾した。ヨーギーは、その場に多くの人がいたため、秘密を保つために質問を書き記したいと述べた。バーバーは同意した。ヨーギーは石板を渡され、書き始めた。同時に、バーバーもヨーギーの向かい側に座って書き始めた。書き終えると、ヨーギーは自分の石板をバーバーに渡し、バーバーも自分の石板をヨーギーに渡した。バーバーの石板を読んで、ヨーギーは呆然となった。そこには、自分の問いに対するすべての答えが書かれていたのだ!ヨーギーはバーバーの全知性に深く感銘を受けた。
ヨーギーが去ったあと、バーバーはこう言った。「来訪者の思いを読み取り、それを言い表してみたいという気まぐれが起こったのは、これが初めてです。もっとも、皆さんもご存じのとおり、マンダリに対してはよくそうしておりますけれども。」
それより前のある時、モーハン・シャハーネがバーバーのためにマラーティー語でアールティーを書き、それがあらゆる集まりで歌われていた。しかしマンダリはグジャラーティー語のアールティーを欲しがったため、バーバーは彼らにそれを書くよう言ったが、いずれの歌もバーバーを満足させはしなかった。
