第5章: 沈黙の始まり
1926年· ババ 32歳ページ 632 / 5,444
サター家と初めて触れたその時から、バーバーはジェサワラ家とこの内なる絆を結ぶ機会をずっと待っていた。ガーイマーイは、こうも多くの乗客で苦しそうに引いている馬を見たらバーバーが不快に思うであろうと考え、九歳の息子エルチにヴィクトリア馬車から飛び降りるよう言いつけた。エルチがそのとおりにしたとき、足を滑らせて転倒し、肘を擦りむいて血が出始めた。エルチは徒歩で馬車のあとを追った。エルチが近づいてくると、バーバーはその怪我について尋ねた。バーバーはドゥニーの灰をエルチの肘に塗り、自分のハンカチでそれを巻いてやった。バーバーはエルチの頭を撫で、口づけし、自らの膝の上に抱き上げた。その優しい慈しみがエルチの胸を永遠に捕らえた。エルチは、導師の最も信頼される同伴者の一人となる定めにあった。エルチは時折バーバーを訪ね、十二年後の1938年に正式に合流した。
あるとき、バーバーはサター姉妹のほうを向いて、バヌーマーシーに薔薇を一輪、プラサードとして食べるように与えた。
バーバーはグラマーシーに、「お兄さんは何人いらっしゃいますか。」と尋ねた。
彼女が五人いると答えると、バーバーは「私はあなたの六番目の兄です。」と言った。
メヘルジー・ママー・サターはバーバーに、どうすれば聖者を見分けることができるのかと尋ねた。
バーバーは石板に「聖者を見分けるには、まずあなた自身が聖者とならねばなりません!」と書いた。
バーバーの二人の弟、十七歳のベヘラムと十一歳のアディーも学校の休暇中にメヘラバードへ来ており、1926年1月4日の夕方、ヴィシュヌの母カークーバーイーとともにプネーへ戻った。
1月7日、バーバーは困窮した人々への奉仕に関して、マンダリに次のメッセージを与えた。
貧しい者、困窮する者、苦しむ人々を助けることが奉仕です。そのような人々は、私たちに奉仕する機会を与えてくれるのですから、私たちは彼らに感謝すべきです。そのような奉仕を行う際には、自我についての思いを微塵も抱いてはなりません。そうしてはじめて、それを真の奉仕と呼ぶことができるのです。もしあなたが、奉仕する相手に恩を施していると思うのであれば、それは奉仕ではなく、利己的な裏の動機をもって行う行為にほかなりません。
もし誰かが私たちを罵り、辱め、苦しみの原因となったり、いかなる形であれ私たちを困らせたりしたなら、その人に怒りで応えるのではなく、むしろその人に頭を下げるべきです。なぜなら、その人は私たちのサンスカーラを拭い去る手段だからです。これは、誰かがあなたの右の頬を打つなら左の頬を差し出しなさいと、イエスがおっしゃった言葉の意味です。
マンダリの無私の奉仕の一例は、カシナートというハリジャンの少年の事例に見られた。
