第5章: 沈黙の始まり
1925年· ババ 31歳ページ 610 / 5,444
他の乗客たちの助けで、ルストムはトラックに引き戻された。しばらくすると、別のトラックが現れた。一行は苦労してそれに乗り込み、立ち往生したトラックを浸水した小川に残して家にたどり着いた。
泥よけをつかんでいなければ、ルストムは急流に押し流されていただろう。のちにこの出来事は、バーバーがベフラムジを探して雨の中を歩き回っていたまさにその時刻に起きたことが明らかになった。
8月11日火曜日、メヘラバードでクリシュナの誕生祭が祝われた。バーバーとマンダリは自ら学校の少年たちを沐浴させた。ビコルヤは午後8時にバジャン [信愛の歌] のプログラムで皆を楽しませ、その後にキールタン [聖歌物語] が続いた。実際の「誕生の儀式」は真夜中に執り行われ、その後ペダ [インドの菓子] が配られ、マンダリにはコーヒーが供された。
この時期、ヴィシュヌが女中と接触した咎があるという噂が流れており、メヘラバード法廷が裁きのために招集された。事件は正規の裁判のように審理され、判事を務めるマンダリがあらゆる細部を記録した。証拠から、その女性に手紙を渡したこと以外、ヴィシュヌにはいかなる不品行もなかったことが明らかになったが、この短く偶発的な接触ですらバーバーの命令への違反であった。確信が持てなかったヴィシュヌは、それが本当に命令違反に当たるのかをバーバーに尋ね、バーバーはその通りだと答えた。罰として、バーバーはヴィシュヌに11か月間自分の前で頭を下げないよう命じたが、のちに彼を赦した。
アランガオンの生徒二人の結婚についての話し合いの中で、バーバーは短い談話を述べた。
善き道徳的行いを保ち、結婚せず清らかな生活を送ることができるなら、それが最善です。なぜなら結婚は時に霊的生活に妨げを生むことがあるからです。しかし、不道徳で奔放な生き方とその恐ろしい結末よりは、結婚の絆のほうが望ましいのです。結婚の絆とは、人生の伴侶が決して他のいかなる男性や女性とも関わらないようなものでなければなりません。
ある日、バーバーは身近な者たちに、9月1日から断食することを告げた。また彼は、自分の本を書いていた小屋で一人で過ごす時間を増やし始めた。朝の時間に加え、ある日には午後の早い時間から午後5時まで本の執筆に取り組んだが、穀物挽きや病院・学校の視察といった他の日課はやめなかった。
1925年8月17日月曜日、メヘル・バーバーの五人の師の一人タージュッディン・ババがナーグプルにて肉体を脱ぎ去った。
