第5章: 沈黙の始まり
1925年· ババ 31歳ページ 592 / 5,444
6月18日、シャハーネ宅でお茶を飲んでいた折、バーバーは語った。「ファキールを自宅に招く前には、二度考えなければなりません。完全なるファキール[完全なる導師]は決して信奉者を害することはありませんが、進歩した魂を満足させるのは難しいことです。ひとたびファキールを招いたなら、何一つ拒んではなりません。ですから、そのままにしておく方が良いのです。彼が今いる場所にとどめておきなさい。」
この点を説き明かすため、バーバーはこの話を語った。
「あるとき、一人の男がファキールと、それに加えて数百人の客を自宅に招きました。ところがファキールは約束の時刻よりずっと早く到着し、食事を要求しました。食事が運ばれましたが、彼はさらに、さらにと求め続け、やがてすべての器が空になりました。主人は聖者たちとの交流に慣れており、ファキールを招いたのが誤りだったと悟りました——しかし、これ以上の食事を拒むことは、より大きな過ちとなったでしょう。それで、ほかの五百人の客のために用意していた食事までもファキールに与えられました。最後にはファキールは満足して立ち去り、その振る舞いに対して主人を祝福しました。しかし、主人はそのような人物を自宅に招き、呪われる危険を冒したことを悔やみました。」
バーバーはジャムシェドと数名を伴い、夕方の列車でプーナへ向かった。
ルイス・ネルムスというイギリス人は、1923年12月にプーナでバーバーに会い、彼のアシュラムに滞在したいと願い出ていた。バーバーはネルムスに対し、しかるべき時に呼び寄せると告げていた。1925年6月19日金曜日、バーバーはプーナでダルシャンを行い、ネルムスは再び彼に会いに来た。その折、ネルムスはバーバーと共に暮らしたいという願いを改めて述べ、今度はバーバーが承諾した。バーバーと男たちはその夜遅くにメヘラバードへ戻り、ネルムスは翌朝にやって来た。彼はバーバーのマンダリに加わった最初のキリスト教徒であり、最初の西洋人であった。
当時29歳のネルムスはボンベイで生まれ育った。彼は立派な家柄の出だった。彼の父はイギリスの警察査察官で、ボンベイで看護師であったイギリス人の妻と出会い結婚していた。夫妻には五人の子どもがいた。ルイスはその末っ子だった。ネルムスは1919年にボンベイでエレン・ノーランと結婚した当時、ボンベイ商業会議所で計量官として働いていた。1二人はバイクラに住み、二人の子どもがいた。ネルムスは並外れて温和な性格で、霊性に対する深い愛を抱いていた。若い頃、彼はバーバーを見たことも名を聞いたこともない時に、大聖堂の中で一度、その師の姿を幻として見たことがあった。
脚注
- 1.計量官とは、税関業務のために貨物の重量や寸法を確認する役人のことであった。
