第5章: 沈黙の始まり
1925年· ババ 31歳ページ 574 / 5,444
ルストムは、その犬が逃げ去り、ほかに被害を受けた者はいないことを突き止めた。バーバーは愛情を込めてピーラジを慰め、翌日には彼をアフマドナガル市立病院に移送させた。バーバーはピーラジの治療のあらゆる手筈を整え、恐れることはない、十分な手当てを受けられると安心させた。しばらくして、ピーラジは健やかな姿で村へ戻った。このような心温まる出来事を通して、素朴な農村の人々は師に守られていることを知り、メヘル・バーバーを献身的に愛するようになった。
病院が開設された当初、カルカル医師は師がさまざまな患者に特定の薬を勧める理由を理解できなかった。彼は、師が特定の病に風変わりな薬を勧めるのを見て、メヘル・バーバーの処方は状況にまったくそぐわないと考えていた。時にカルカル医師はその状況に苛立ち、「ここでは私が医者なのか、それともメヘル・バーバーが医者なのか?」と思うことがあった。しかし彼は、師の治療方針に従ったすべての患者が回復したことを悟ったとき、まさに驚嘆した。カルカルは、患者たちの回復が偏にメヘル・バーバーの祝福によるものだと次第に確信するようになった。それ以来、重篤な症例ではカルカルはどのような治療を施すべきかを師に相談することを躊躇わなくなった。重病から快復した患者が出ると、その人を称える特別な祝いが催され、バーバーはカルカル、パドリ、ペンドゥをねぎらった。
1925年4月14日、バーバーは子どもたちの制服用のカーキ生地を買うためボンベイへ向かった。四日後に戻ると、彼は直ちに病院へ赴き、すべての患者と職員と言葉を交わした。病院とその運営を入念に視察したのち、学校へ行き、子どもたちの健康、食事、学業について尋ねた。それから自分の不在中に生じたかもしれない問題について、マンダリと協議した。これらすべての事柄に目を配ってから、ようやくバーバーは疲れる旅のあとに身体を休めた。このように師はメヘラバードでの生活のあらゆる細部に心を配り、いかなる働き手のごく僅かな怠慢や不注意も許さなかった。
ワマン・ダニという地元の仕立屋が、子どもたちの制服を縫うために雇われた。バーバーは仕立屋に自分の前で生地を裁断するよう要求し、その男がきちんと仕事をしているかを確かめた。
メヘラバードへ早く戻ろうと急いでいたため、バーバーはボンベイでムンシジに会いに行かなかった。ムンシジは、バーバーがボンベイへ来ながら自分に会わずに発ってしまったと知り、ひどく動揺して食事を絶ってしまった。
