第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 546 / 5,444
荷物をそこに置くと、一行はバーバーと共に聖なるガンジス川に身を浸しに向かったが、川へ続く石段は巡礼者で大いに混雑していた。しかし水があまりに汚かったため、一行は沐浴せずに引き返した。
一行はヒマラヤ山麓に位置するリシケシュへ行くため車を借りた。その自動車はひどく老朽化しており、エンジンがかからなかった。何度か試みた末、バーバーは苛立ち、別の車を借りた。
リシケシュという古名は「聖賢[リシ]の住処」を意味する。古来よりサドゥー、サンニャーシン、ヨーギーたちの集う名高い場所であった。町を歩きまわりながら、バーバーは望んでいた巡礼者たちに出会い、多くのサドゥーや、さらにはハンセン病患者たちの足にも頭を垂れた。後に、人目につかない場所で、師は内外ともに俗世から離れた、ネパリ・ババという真のサドゥーと語り合った。
リシケシュから一行は十四マイル離れたラクシュマン・ジューラ(ラクシュマンの吊り橋)へ向かった。しかし、吊り橋を渡る危険な走行の後、一行は引き返し、午後一時にハリドワールに到着した。ハリドワールで、バーバーはサコリへの徒歩の旅を始めるべきだと決め、準備が進められた。一日中断食した後、マンダリは夕方近くに米とダールを食べたが、バーバーは依然として何も口にしなかった。バーバーは腹痛があり、熱っぽかった。アディとヴァジフダルへ電報が打たれ、ヴァジフダルにはラクサル駅で一行と合流するよう指示された。
ハリドワールのダラムシャーラはひどく不潔だったため、バーバーは駅の近くで野営することを提案した。グスタジとベフラムジは荷物を頭に載せて運ぶ途中、二度転倒した。バーバー自身も荷物を背負い、断食と体調不良にもかかわらず、足早に歩を進めた。一行は駅近くの野原で野営したが、バーバーは具合が悪すぎて眠れなかった。
翌朝六時、一行は身支度をした後、紅茶とケーキを口にした。旅の中でバーバーが一行に甘いものを許したのはこれが初めてだったが、バーバー自身は依然として何も食べなかった。九時に一行はハリドワールを発ち、ラクサルへ向けて足早に歩いた。道中、バーバーは水のような便で用を足すため止まらざるを得なかったが、すぐ後に再び足早に歩き続けた。二マイルほど歩いた後、マンダリはジャワルプリでダールとパンを食べたが、バーバーは休ませず、一行は歩を進め続けた。
