付録B: 1942年の談話
1942年· ババ 48歳ページ 5,426 / 5,444
病気と手術の二つ目の状況です。ある人が、外科手術によってのみ治癒し得る伝染病を患っているとしましょう。さて、この苦しんでいる人を治癒させ、他の人々がこの感染にかからないように守るために、外科医はメスを用いてその身体から感染した部位を切除しなければならないかもしれません。メスで身体を切るこの行為もまた、暴力とも非暴力とも見なし得ない事柄の一つです。
侵略国家に立ち向かう三つ目の状況です。ある侵略的な国家が利己的な目的のためにより弱い国を侵し、別の国がただ弱い国を救おうとする高貴な願いだけに動かされて、武力でこの侵略に抵抗するとしましょう。弱い国を守るためのそうした抵抗の戦いは、暴力とも非暴力とも見なし得ませんが、「非暴力的暴力」と呼ぶことができます。
狂犬を殺す四つ目の状況です。狂犬が暴れ回り、学校の子どもたちを噛みそうになっており、その学校の教師たちが子どもたちを守るためにその狂犬を殺すとしましょう。この狂犬を仕留める行為には確かに暴力が含まれますが、その中に憎しみはありません。
強き者が暴力に抵抗する五つ目の状況です。肉体的に強い者が、弱いにもかかわらず傲慢な男に侮辱され唾を吐きかけられ、その傲慢な男を打ち砕く力を持つその強き者が、その傲慢な男を傷つけないどころか、静かに愛の福音を説いて聞かせるとしましょう。この行いは非暴力を意味しますが、それは強き者の非暴力です。
バーバーは続けて、これらの状況について次のように述べた:
先に挙げた最初の三つの状況は、ある状況が暴力か非暴力かという問いは、多くの微妙で繊細な考察に立ち入ることなしには決し得ないことをはっきりと示しています。第一にその状況に関わるさまざまな詳細について、第二に行動を促す動機の性質について、です。そして最後の二つの状況は、ある特定の状況が暴力か非暴力かを容易に断じ得る場合でさえ、その暴力や非暴力が、これらの語に与えられる通常の意味を超えた意味を実質的に与える他の特定の要素を伴うことがあり得ることを示しています。
溺れている人を打つという事例(状況一)の詳細な分析は、そこには力を加えられる相手の事前の同意なしに力が用いられることが含まれているとはいえ、用いられる力は最終的にその人の命を救うという動機で使われていることを示しています。
