第40章: 再び泣く時代
1969年· ババ 75歳ページ 5,394 / 5,444
当時、マンダリはギンデ博士が1968年12月と1969年1月に幾度かアフマドナガルまで車を走らせていたことを知らなかった。しかしバーバーから訪問の許しを得ていなかったので、彼はメヘラザードに近づくと運転手に車を反転させ、そのままボンベイへ戻らせていた。ラム・ギンデの、生けるラム[ラーマ神=バーバー]への帰依はかくのごとくであった!
グラント博士には、30日にブース病院への月例の訪問をする際、メヘラザードにも立ち寄るよう伝えることになった。都合がつくならば、メヘルジ、メヘルワン、イチャポリア博士も彼に同行することができた。エルチは、バーバーがプーナへ行く際には救急車で移動しなければならないだろうとの見解を示し、彼らはすでに救急車を借りる手配について問い合わせを始めていた。
27日午後1時30分頃、バーバーはチャガンが調理した食事をとった。アディは痙攣のために2時間ごとに投与すべきホメオパシー薬(マグ・フォス12x)をバーバーのために送ってきた。
1969年1月28日火曜日の早朝から、バーバーには全身を電気が走り抜けるかのような頻繁な痙攣性の衝撃が始まった。恐ろしい一日であった。午前5時から午後9時までの16時間、バーバーは絶え間なく大小の「痙攣」を起こし、その間エルチ、バウ、ペンドゥ、フランシスは彼をベッドに押さえつけねばならなかった。1衝撃は彼を完全に消耗させた。痙攣のたびに、バーバーは腰の痙攣による腰の下部のひどい痛みを訴えた。呼吸さえも苦しいと感じた。ついにバーバーの肉体は正常に戻り、午後9時から午前3時30分まで、衝撃はほとんどなかった。
29日の朝、パドリがメヘラザードを訪れた。ルストム・カカの息子マネクは、アディの事務所から急ぎの手紙や電報を届けるため、頻繁にメヘラザードへ通っていた。その日午前8時15分頃、マネクが電報を持って到着したとき、バーバーは機嫌がよかった。
バーバーは彼に尋ねた。「すべての重荷が私にかかっているので、私はひどく苦しんでいます。エルチは私の容態について何かあなたに話しましたか?」
脚注
- 1.ドンは、痙攣を抑えようとしてあまりに強く押さえると、バーバーの弱った股関節を傷めるおそれがあると、マンダリに注意した。
