第40章: 再び泣く時代
1968年· ババ 74歳ページ 5,374 / 5,444
プネーのサスーン総合病院は100周年を迎えており、十日間にわたる100周年記念行事の組織幹事であるG. S. ムタリック教授博士は、この機会に対する祝福を求めてバーバーに手紙を書いた。バーバーは次のメッセージを口述された(1968年9月10日)。
私、世の救済者がこの世に送り出されたこの病院の、行政、医療、職員の皆さまに、私の祝福を授けます。
ジャルバーイは1968年10月3日にメヘラザードを訪れ、サスーン病院の祝賀のための1,000ルピーの寄付金と、行事のためのバーバーのメッセージを携えていった。
その記念行事の主たる催しは、1968年12月1日日曜日午後5時に、病院に隣接する付属カレッジの講堂で開催された。ラーム・ギンデー博士、アディ、サロシュが演説し、主たる演者であったギルジャナンダン・ドゥベもまた演説した。バーバーはその日、ジャルバーイに電報を送られ、ギンデー博士がそれを参集者の前で読み上げた。
プネーのサスーン総合病院の100周年記念行事の折に、私の太古の愛と真理のメッセージを聴くためにB. J. 医科大学の講堂に集われた皆さまに、皆さまが真の自己を悟り、真の知識とは何か、真の力とは何か、真の愛とは何かを知ることができますよう、我が愛の祝福を授けます。
もう一つの行事が12月9日午後6時に開催され、バーバーが生まれた病院の建物の外壁に、バーバーの誕生日が刻まれた大理石のプレートが除幕された。これはひとえにジャルバーイの尽力によるものであった。チャガンがヒンディー語で師の祈りを朗誦し、マハーラーシュトラ州議会の副議長K. T. ギルメが英語とマラーティー語で次のように刻まれたプレートを除幕した。
アバター・メヘル・バーバー、ここに誕生せり
サスーン総合病院にて
1894年2月25日に
この時にバーバーから病院への寄付金が贈呈され、続いてアディが講話を行った。
西ベンガルのバーバーの愛者たちは、カルカッタを訪れていたベグム・アクタルを祝うため、1968年12月8日に特別な催しを企画していた。バーバーは彼らに次のメッセージを送られた。
ゴッドマンは、人々に神への愛を授け、神のみが実在で他のすべては夢に過ぎないという真理に人々を目覚めさせるために、人々のあいだに来ております。
