第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 537 / 5,444
ネルヴァスは献身の誓いを最後まで守り、若くして世を去った。師は同行する者たちに、かつてマンジル・エ・ミームでご自身のサークルの構成員のうち二、三名が亡くなるであろうと予告したこと、そしてネルヴァスがその最初であることを思い起こさせた。
一行は7月17日にカラチへ到着した。翌日、庭と噴水のついた大きなバンガローを借りた。バーバーはアルデシールとラムジューが選んでおいた土地を視察した。その後、一行はカラチの北11マイルに位置するマンゴーピルへ車で向かった。そこには12世紀の名高いスーフィー聖者ピール・マンゴーの遺骸が祀られている。1マンゴーピルは硫黄温泉でも知られており、その鉱泉水で病が癒えることを願う多くのハンセン病患者が湯浴みをしていた。道をさらに進んだ先には、観光客が湯浴みする別の温泉もあった。
7月20日(日曜日)、残りのマンダリが荷物とともにクエッタから到着した。スックルに預けてあった荷物はクエッタへ運ばれ、スックルのバンガローと土地の所有者には十分な補償をしたうえで財産を返した。
カラチでは、今後の活動についての話し合いが始まった。
バーバーは男たちに新たな計画を説明した。「ここで果樹園の仕事をするほかに、もう一つの事業を始めなければなりません。すべての準備が整いましたら、貧しい人々や障害を持つ人々に食事と衣服を与える部門を開設します。そこは貧者や無力な者のための収容所ではなく、皆さんは街中を捜し回ってそうした人々を見つけ、ここへお連れしてくださらなければなりません。探索はずさんであったり場当たり的であってはならず、きわめて徹底的かつ体系的でなければなりません。」
驚いたことに、バーバーはこの仕事のために車を買うとまで口にした。
バーバーは続けて言った。「貧者を救うこの働きに加えて、皆さんは絶えず神の名を唱えなければならず、私に話しかけてよいのは目下の仕事に関わる事柄に限られます。」
マンダリの誰一人として、この新しい計画に格別の熱意を示す者はいなかった。翌日、彼らがふさぎ込んでいるのを見たバーバーはその話題を打ち切り、家族のいる者には家に帰って通常の家庭生活を送ってよいと伝えた。しかしこの決定からわずか数分のうちに、バーバーはカラチに腰を据える計画全体を取りやめ、代わりにボンベイへ戻ることを決めた——そこから希望する者は家へ帰ればよいというのである。
脚注
- 1.ピール・マンゴー(あるいはムンゴー)は完全なる導師ババ・ファリード・シャッカル・ガンジの弟子であった。
