第40章: 再び泣く時代
1968年· ババ 74歳ページ 5,314 / 5,444
(4)バーバーは、彼がこれまで使用していたこれらの薬物の摂取を、永遠にやめることを望んでおられます。彼は薬物を摂取してはならず、また薬物を取引してもなりません。自分のいる場所で正直かつ普通の生活を送り、他の者たちにも、ふけって楽しむために薬物を摂取しないよう勧めるべきです。もちろん、何らかの疾患に対して薬が必要であると示され、医師により処方された場合には、薬を服用することは差し支えありません。
(5)バーバーは、彼ができるかぎり早くインドを離れることを望んでおられます。そして彼 ― スタンレー ― が真心を込めてバーバーを思い起こし、上に述べた指示を百パーセント実行するなら、バーバーは内面から彼を助けてくださいます。隠遁が終わった後にバーバーに会うことについては、ニューヨークや彼の地元のラヴァーたちと連絡を保ち続け、バーバーが西洋のラヴァーたちに会いに来るよう呼びかけられたときに限り、その目的のためにインドへ来るようにすべきです。
(6)この手紙の各項目で述べられているすべての事柄は、彼の友人ベンがバーバーの指示を実行する用意があるならば、ベンにも同じく適用されます。したがってバーバーは、スタンレーがベンに連絡を取り、この手紙のことを伝えることを望んでおられます。
(7)世俗の日々の務めの中にあっても、自らの責任を勤勉かつ誠実に果たしながら、できるかぎり頻繁に[バーバーを]思い起こしてください。
バーバーはスタンレーとベンに、ご自身の愛と祝福をお送りになります。できるかぎり早くアメリカ合衆国へ戻り、近いうちにインドを去ってください。
バーバーのメッセージを受け取ったのち、スキップ・フィッシャーは翌日の夕方に列車でアフマドナガルを発ち、アメリカから送金が届くのを待つ間、七日間ボンベイに滞在した後、空路ボストンへと帰国した。ベン・ライトは数週間プーナに滞在したのち、アフマドナガルへと向かった。
ドンは二月十五日、当時よくそうしていたようにカイコバードの様子を見にメヘラザードへ赴き、メヘルジーもまたその朝、数時間ほど顔を出した。
一九六八年二月二十日火曜日の午前九時半、指示に従ってガジワニは、バーバーがお気に入りの歌い手の一人であるジャイプリ・カッワールとその楽士たちをメヘラザードに連れて来る手はずを整えた。彼らはバーバーとマンダリ、そしてボンベイやアフマドナガルから来た数人の親しいラヴァーたちの前で、見事な三時間の演奏を披露した。夜には、そのカッワールはアフマドナガルのクシュル・クォーターズで二千人の聴衆を前に歌った。
その日の朝、バーバーは現在の隠遁が三月二十五日に終わるのではなく、五月二十一日まで続くと発表した。
