第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 531 / 5,444
バーバーはすぐにヴァジフダルへ電報を打たせ、そこでは止まらずラハヴィットへそのまま向かうようにと指示した。ヴァジフダルが普通列車でデオラリから到着すると、彼は同じ列車でバーバーとラムジューに同行してイガトプリへ向かった。
6月3日にボンベイへ到着したのち、一行はカイクシュル・マサの家であるイラニ・マンション6号に滞在した。そこではスーナマシとコルシェードがバーバーの意向に応え、クエッタへの旅の支度が手早く進められた。
バーバーがわざわざラハヴィットへ赴いたのは、たいへん敬虔な魂であるバラモンの駅長に会うためだった。当時ハリジャンはひどい迫害と蔑視を受けており、上位カーストのバラモンと並んで座ることなど考えもしなかった。しかしラハヴィットでは様々なカーストがバジャン[讃歌]のために共に集まっており、駅長はメヘル・バーバーが下位カーストの働き手たちにこれほど深い愛を注ぐ姿を見て、強く心を打たれた。バーバーの臨在のもと、万物に宿る神の一体性の光を見て、彼の信心は一段と深まった。
その一方で、パドリとナーヴァスは馬のスーフィと雄牛のサントをメヘラバードからアフマドナガル駅へ連れて行き、チタリ行きの貨物列車に乗せた。チタリから二人は、日中の暑さの中で馬と雄牛を引きつつ9マイルを歩いてサコリへ向かった。金がなかったので、二人は持参したバクリ[インドの平焼きパン]とチャツネで腹を満たした。スーフィは噛み癖があり、サントは蹴り癖があったため、二人は動物の扱いに細心の注意を払わねばならなかった。二頭ともしだいに手に負えなくなっていった。サントはナーヴァスを思い切り蹴り上げた。ナーヴァスは膝を痛め、それからは雄牛から用心深く距離を取って動いた。しばらくすると二頭とも動こうとしなくなり、パドリとナーヴァスは手綱を引いて引きずるように進ませねばならなかった。心の中で二人は、助けてくださいとバーバーに呼びかけ続けた。
しばらく行ったところで道で牛車に出会い、二人は御者に動物を車の後ろに繋がせてほしいと切に頼み込んだ。御者は承諾し、サントは無事に繋ぐことができたが、スーフィは噛みつき続けて繋げなかった。その馬はメヘラのもので、バーバーが誰にもスーフィに乗ることを禁じていたため、乗ることもできなかった。パドリはやむを得ず、サコリまでずっと手綱を引きながら馬と格闘し続けた。
苦難に満ちた道のりの末、一行は夜にサコリへ到着した。ウパスニ・マハラジはすでに小屋へ引き取っていた。
