第39章: ドラッグ禁止
1966年· ババ 72歳ページ 5,240 / 5,444
ボンベイには豪雨が降り続き、街に水を供給している郊外のすべての湖が満たされた。国の各地から、この深刻な水不足を訴える手紙や電報が届き、バーバーは彼らの嘆願に耳を傾けた。後にマンダリは、手紙や電報がバーバーに読み上げられている間、まさにその特定の場所で雨が降り始めていたことを知った。
アフマドナガルでもまた深刻な水不足があり、バーバーはバイドゥルに対し、ひげを伸ばしたまま神に雨を願って祈るよう命じた。彼はそのとおりにし、毎日熱心に祈りを捧げていた。バイドゥルは自身の誠実さゆえに必ず雨が降ると大きな期待を抱いていたが、何か月たっても雨は降らなかった。誰かが雨を求めてやって来ると、バーバーはその人にバイドゥルのひげを引き抜けと言うのだった。ついにバイドゥルはあまりの落胆ぶりに、バーバーに言った。「もしあなたのお望みでないのなら、私の祈りがどうして役に立ちましょうか?いまや私には、あなたが雨を望んでおられないことが分かりました」バーバーは答えなかったが、翌日には実際に雨が降った。
七月十七日、メヘルワンとロシャンは短時間バーバーに会ったのち、プーナへ戻った。
かつてのインドのある王国の王女が、バーバーの隠棲中にもかかわらず、ほんの一瞬のダルシャンを許されることを願って、数日間アフマドナガルで待ち続けていた。バーバーはその願いを聞き入れた。バーバーに会った王妃(ラニ)は彼に言った。「わたしは一所懸命に神に祈っていますのに、神はわたしの祈りに少しも応えてくださらないのです。なぜそうなのか、わたしには理解できません。神は誰一人として見捨てたりなさらないものと、わたしは思っていましたのに」
バーバーは答えた。「神は誰一人見捨てないだけでなく、自身を見捨てる者たちをも絶えず赦しているのですよ!」
一方、アメリカでは、ロバート・ドレイファス、アラン・コーエン、リック・チャップマンといった献身的な若い愛する者たちのグループによって、バーバーのドラッグに関するメッセージが広く伝えられていた。彼らは記事を書き、講演を行い、テレビやラジオ番組にも出演して、若者たちにドラッグを断つよう訴えた。バーバーのドラッグに関するメッセージの要旨を述べた彼らの共同声明は、編集者宛ての投書という形で、何百もの大学キャンパス紙や都市の新聞に送られた。それはアメリカ全土で広く掲載され、『クリスチャン・サイエンス・モニター』、『タイム』、『ニューズウィーク』誌といった主要な全国メディアにも抜粋が載せられた。
この反ドラッグ運動の結果、多くの人々がバーバーを知るに至り、その中の幾人かは彼を愛するようになった。実は、それ以前の1966年4月21日に、バーバーはアディに対し、アイビー・デュース宛に次のような手紙を書かせ、この活動への彼女の全面的な支持を引き出していた。
