第39章: ドラッグ禁止
1965年· ババ 71歳ページ 5,196 / 5,444
エルチは、20代のアメリカ人青年がバーバーに会いたいと思ってメヘラザードに到着したと説明した。彼の名はスティーブン・R・サイモンだった。スティーブは、マイアミの元警察官エドワード・ショートから、普通ではない仕方でバーバーを知った。ショートは東西集会でバーバーに会っていた。サイモンはLSDを服用し、その影響下で幻視を見た。光の幽影の中に、長い髪と口ひげをたくわえた、これまで一度も見たことのない男の姿を見たのである。翌日、彼は初めてエド・ショートに会い、ショートは読むようにと『神は語る』を一冊渡した。サイモンがその本を開き、巻頭写真を見たとき、メヘル・バーバーこそ、自分がLSD服用中の幻視で見たのと同じ人物だと気づいた。その体験の後、彼はドラッグをやめる決心をした。
ロバート・ドレイファスと同じく、スティーブ・サイモンも、1965年12月のサハヴァスが中止されたことを知る前にアメリカを発っていた。彼には旅費がまったくなかったが、マイアミから、彼自身の言葉では「悪魔に追われながら」、アメリカを横断して3,000マイル先のサンフランシスコまでヒッチハイクした。そこで彼は一人の売春婦に出会い、その女性は彼に親切にして、いくらかの金を与えた。サイモンはベトナム戦争中に米陸軍で従軍していたため、サンフランシスコから台湾まで軍用貨物機に無料で乗せてもらった。10月にシンガポールに着いた頃には、サイモンはほとんど無一文だった。そこでミック・ハミルトンとウルスラ・ラインハルトという若い夫婦に会い、彼らにバーバーのことを話した。サイモンはインドへ行きたいという思いがあまりにも切実だったので、ハミルトン夫妻は自分たちでも驚くほど自然に、ボンベイまでの船賃を出すことを申し出た。そこから彼は内陸のアフマドナガルまでヒッチハイクした。
スティーブ・サイモンがアディの事務所にたどり着くと、アディは彼を気の毒に思い、マネクのスクーターの後ろに乗せてメヘラザードへ送ることにした。バーバーはアディの決定にかなり不快感を示した。
「アディは、私が深い隠遁に入っていることを知っています。誰にも決して私を邪魔させてはならないと、私は厳しく指示してあります。それなのに、彼はこの少年を送ってきたのです!今、私にできることは、この少年に、世界を半周して家へ帰るようにという伝言を持たせて送り返すことだけです」
バーバーがスティーブ・サイモンに会わないという決定をエルチに説明している間、ドン・スティーブンスは、鋭い短剣が自分の胸を貫いたかのように感じた。その青年の失望に対する深い個人的な痛みに加えて、彼は、これほど遠く旅し、これほどの困難に耐えてきた青年を憐れんで会うことに同意しないバーバー自身に対しても、深い苛立ちを覚えた。
