第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 518 / 5,444
しかしルストムはそんな長距離の旅に自分の車を貸すことに乗り気ではなく、バーバーはルストムの渋る態度に不快感を示した。午後、マンダリが神の七つの名を唱えている最中、バーバーは非常に不機嫌な様子でラムジューを呼びにやらせた。バーバーは彼に、ルストムとの衝突について各人の意見を尋ねるよう告げた。
ラムジューは各人に尋ねた。「ルストムがペルシャへの旅に車を貸すのを拒んでいるのに、それでも彼の所有地であるここに住み続けるのが妥当だと思うか——バーバーがそうお知りになりたいのです。」ラムジューが尋ねると、バーバーに同意する者もいれば、そうでない者もいた。この件は、バーバーがいつメヘラバードを去るのか、また去るとすればどこへ行くのかについて明確な結論が出ないまま終わった。
5月13日、井戸のそばの土台が完成し、灌漑用水路を掘り、粗いシャハバード石を敷く作業が始まった。作業中、ナーヴァスが他の男の一人と口論になり、二人はバーバーの小屋に呼ばれ、そこでバーバーは1時間にわたって両者を叱った。彼は二人を離れた場所に座らせ、仕事を禁じて罰するつもりだった。しかし数分のうちに彼は気を落ち着け、彼らに別の仕事を与えた。
翌日、衰弱したイスラム教徒のファキールがメヘラバードに迷い込み、バーバーのもとへ連れて行かれた。事情を尋ねた後、バーバーはグスタジに、彼を入浴させ、食事を与え、衣服を着せるよう命じた。老ファキールが食事を終えると、グスタジは彼に、ここ数日間ほかの放浪者三人が滞在していた木陰で休むように勧めた。彼らはヒンドゥー教徒で、バーバーの意向によりマンダリが食事を与え世話をしていた。
そのヒンドゥー教徒たちとは、老人とその妻、そしてジャイという名の精神を病んだもう一人の女性だった。老ファキールも加わったことで、その一団は奇妙な取り合わせとなった。これらの見知らぬ者たちに加えて、アランガオン村からやって来る子供たちの数も日ごとに増え続けていた。彼らは朝夕にメヘラバードへ来て、アルジュンの指導のもとバジャンを歌った。
1924年5月15日木曜日、バーバーは7日間の隠遁から出て、米とダールの食事で断食を解いた。翌日、白い雄牛サントが到着し、洗われた後、メス・クォーターの一画で馬スーフィの隣につながれた。どういうわけか雄牛はつなぎを解いて逃げ出し、男たちは再びその動物を取り戻すために追いかけねばならなかった。
