第39章: ドラッグ禁止
1965年· ババ 71歳ページ 5,158 / 5,444
しばらくしてロベール・アントニは緊急に病院へ入院した。彼は3日間昏睡状態にあった。イヴォンヌは再びバーバーに電報を打った。彼女は夫に会うことを許されず、もうこれで終わりであり、彼は人工的に生かされているだけだと告げられた。一晩中、彼女はバーバーの御心であるならばロベールを生き返らせてくださるようお願いした。
翌朝、バーバーから電報が届いた。「ロベールは生きます。」
正午、病院がイヴォンヌに電話をかけ、ロベールの容体が良くなり、彼に会わせてもらえると伝えた。
事故の後遺症で病んだままではあったが、ロベールはさらに1年半生き続けた。1966年12月、いくつもの病院や療養所を出たり入ったりした末に、ロベールはイヴォンヌに、自分はいつか良くなるのだろうかとバーバーに電報で尋ねてほしいと頼んだ。
12月27日、バーバーは電報を送った。「ロベールは自分の運命を受け入れねばなりません。」
ロベール・アントニはそれが終わりを意味すると理解し、静かな声で答えた。「受け入れます。」
1か月後の1967年1月27日、ロベール・アントニは58歳で逝去した。イヴォンヌはそのことを病院から知らされた。彼女が電話を切ったちょうどその瞬間、玄関のベルが鳴った。バーバーからの電報が届けられた。
そこにはこう書かれていた。「イヴォンヌ、喜びなさい。ロベールは私と共にいます。健康に気をつけてください。バーバー。」
1965年5月の終わり頃、バーバー自身がその月の初めにサハヴァスに参加できなかった特定の人々のことを思い起こし、彼らのために1965年6月の第一週に特別ダルシャンの予定を組んだ。彼はバルア・サーガルのラムサハーイ・ヤーダヴ、マンドラーのナーラーヤニーデーヴィー・ジャー、ハミールプルのアダルシュ・カーレーなど、関係者に手紙を書かせた。幾人かの信者には、ジャルバーイを通じて来るようにとの知らせが送られた。
バーバーは述べた。「これが私の最後のダルシャンであり、これ以降はもうダルシャンの催しはありません。」
ラクナウのシヴェンドラ・サハイは5月のダルシャンに参加できなかったため、早めに呼ばれて個人面談の機会が与えられた。
バーバーは彼に尋ねた。「あなたは私を愛していますか?」
彼は正直に答えた。「分かりません。」
マンダリは驚いたが、バーバーは手を挙げて彼らを制し、それから尋ねた。「あなたは私に従い、私の言うとおりにしますか?」
シヴェンドラはそうしますと答えた。
バーバーは彼の目をまっすぐ見つめ、非常に真剣な表情で尋ねた。「もし私があなたにバウの喉を切れと言ったら、そうしますか?」
