第38章: グルプラサド庭園、1963年
1964年· ババ 70歳ページ 5,075 / 5,444
プネー・センターが開所した後、外部からの訪問者がグルプラサドに来ることはほとんど許されなくなった。1964年5月25日月曜日午後2時、グルプラサドにおいて、キショール・ミストリーとネネとその家族がバーバーに面会し、キショールとネネの娘ラジニとの結婚について話し合った。(その結婚式は7月の末に執り行われた。)サカレー家は28日にダルシャンを許された。
それより一年前の1963年、バーバーはアマル・シン・サイガルに対し、インド首相ジャワハルラール・ネルーに自分に会うためグルプラサドへ来るよう伝えるよう指示していた。サイガルはバーバーの意向を伝えたが、ネルーは訪れるための時間を取ろうとはしなかった。
1964年にバーバーがプネーへ到着したのち、バウが夜番に当たるたびに、バーバーは毎日のように彼にこう尋ねた。「私は隠遁中ですが、ネルーが突然やって来たらどうなりますか?」
バウはこう答えた。「ネルーがそのように来ることはありません、バーバー。もし彼があなたにお会いしたいと望めば、まず誰かを遣わして面会の約束を取り付けるはずですし、そうなれば、私たちはあなたが隠遁中であるためお会いになることはできない旨をお伝えいたします。」
「約束なしに来たらどうなりますか?」とバーバーは尋ねた。
「そんなことはあり得ません、バーバー。ネルーはあまりにも忙しいのですから!」
「しかし、もし本当にそうなったら?」
こうしてバウが夜番のために来るたびに、このような問答が毎日のように繰り返された。
ところが1964年5月26日午後2時30分頃、バーバーはマンダリに対しこう言い渡した。「ジャワハルラールはまもなく私のもとに来ます。彼は来なければなりません!」
バーバーはさらにこう付け加えた。「ジャワハルラールは、ひとえに彼自身の生命力と意志の力によって、先頃の脳卒中から急速に回復しました。しかし、もう一度打撃〔二度目の心臓発作または脳卒中〕を受ければ、彼は持ちこたえることはできず、ただちに世を去ることになります。」
