第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,042 / 5,444
彼はまたこの電報も送った。
メヘル・ヴィハルにいるすべての方々に、私の愛の祝福をお送りします。人生における誠実さによって、私のダーマンをしっかりと握り続ける確固たる心によって、そして愛と真理のメッセージを広めるお骨折りによって、私への愛の灯火をいつまでも明るく保ち、メヘル・ヴィハルを私の愛で輝かせ続けてください。
一方アメリカでは、1963年8月28日ワシントンD.C.において、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが百万人の黒人と白人を率いて人種隔離に反対する「自由行進」を行った。1この記事のことがバーバーに伝えられた。
この頃には、アメリカとロシアの数多くのロケット宇宙飛行もニュースを賑わせていた。ある朝、マンダリの一人が口にした言葉から、宇宙探検という話題についてバーバーから次のような応答が引き出された。
人がどれほど遠くまで宇宙空間へ自らを投げ出そうとも、たとえ宇宙の最も遠い対象に到達することに成功したとしても、人は変わりはしません。どこへ行こうとも、彼は本来の彼そのままで在り続けるのです。人が自らの内へと旅するときにこそ、彼は自己の変容を体験するのです。重要なのはまさにこの旅です。無限の宝——神——は人の内にあり、自らの外側のどこにも見出されないからです。
バーバーはグルプラサドで述べたことを繰り返した。
心(マインド)が空間において思い描かれたものを追って高く舞い上がるとき、それが追い求めるのは空虚にすぎませんが、人が自らの内に深く潜るとき、彼は存在の充溢を体験するのです。
8月25日、世界博覧会のブースの作業を行っていたニューヨークの人々へ、二つ目のメッセージが送られた。彼らはバーバーの「普遍的メッセージ」、簡略な伝記、そしてビクバーイが撮影しバーバー自身が選んだバーバーの写真を載せた25万部のパンフレットを印刷していた。そこにバーバーの二つ目のメッセージも加えられた。見本がバーバーの承認を求めて送られると、バーバーは返事の電報を送った。「フォルダー完璧。バーバー満足。愛を送る。」バーバー自身は体調が優れなかったにもかかわらず、なお最も小さな事柄にまで目を配り、すべての細部を自ら気にかけ続けた。
25日日曜日、プレム・キルナニはキショール・ミストリーをメヘラザードに連れてきた。その夜の午後8時30分、予期せぬ訪問者がトンガに乗ってクシュル・クォーターズに突然到着した。彼女はニューヨーク州ロングアイランド出身の、ステラ・クセヴィチというアメリカ人女性だった。彼女と夫のマルコは1958年にマートル・ビーチでバーバーに会ったことがあった。彼女は沈黙中だったアディに、自分が東西集会に出席できなかったこと、そしていまこの旅をするようバーバーに導かれたと感じたことを説明した。彼女はずっと旅を続けてきて疲れ切っていたが、バーバーに会うまでは食事を取ろうとしなかった。アディは彼女をその夜、ヴィルー・ヴィラに連れていって泊まらせた。
脚注
- 1.1956年5月、ベリル・ウィリアムズはマーティン・ルーサー・キングとその同志ラルフ・アバナシーに手紙を書き、メヘル・バーバーについて伝え、バーバーに会うよう招いたが、その面会は結局実現しなかった。
