第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,022 / 5,444
ボンベイのグループは午前八時から十時三十分ないし十一時まで、ほぼ毎日バーバーと共に過ごしていた。バーバーはおおむね疲れ切って見えたが、談話や冗談、音楽で時を過ごしながら、彼らに愛のこもった接触を与え続けた。それにもかかわらず、その場にいた者たちには、バーバーが実際にどれほど疲れているかが見て取れた。ダダチャンジ家の四兄弟——ナリマン、ルストム、ホシャング、ベヘラム——は週末ごとに交代で訪れていたが、六月にはナリマンが、月末にバーバーがプーナを離れるまでマンダリと共にグルプラサドに留まるよう命じられた。
あるとき、なぜバーバーには夜警が必要なのかと誰かが尋ねると、バーバーは次のような話を語った。
スーフィたちはサッドグル以外のすべての人間を「犬」と呼びます。彼らによれば、世のごく普通の人々はそれ以外のものと呼ばれるに値しないからです。
昔、ある川のほとりに一人のサッドグルが住んでいました。彼は常に門を守る者を一人置いていました。ある日、その都市の王がサッドグルの門前にやって来て、ダルシャンを要求しました。門番は彼を止めました。門番は中に入って師の許可を求めましたが、サッドグルはいま会うつもりはないと言ってこれを拒みました。王は門番と言い争いを始め、なぜ師は門を閉ざしておくのかと詰問しました。「神の人ならば、いつでも門を開けておくべきだ」と王は言いました。「門を閉じるべきではない。誰一人として中に入ることを妨げられてはならぬ。お前のような門番に何の用がある?」
サッドグルは内から答えました。「お前のような犬どもを追い払うために、門番はまさに不可欠なのだ!」王はすぐさま、謁見を要求した自分の無礼さとエゴに気づきました。王は跪いて、自分が師に謁見できるよう取り次いでほしいと、門番に謙虚に頼みました。サッドグルはただちに王を中へ招き入れ、彼に会いました。
エゴは常に私たちをくすぐります。とりわけ自分が道の上にあると悟って自分を重要に思い、他人に自分の体験を語りたくなる誘惑にかられる境地においてはなおさらです。数日前、ひとりの男が私のところへやって来て、自分の体験を語りました。私は後にその男に、君は第一の境地にいるのだと説明しましたが、この場にいる皆さんにとって、それ[境地のこと]は些末で重要ではないことです。
境地におけるこれらの体験は、この大いなる幻影[創造]の中の幻影にすぎません。私はその男に、自分の体験を他人に語ってはならぬこと、私の名を念じること、そして自分を重要視してはならぬことを伝えました。そうでなければ、彼は第一の境地のあらゆる華麗さとその快楽に絡め取られ、彼の進歩は止まってしまうでしょう。
