第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,013 / 5,444
ハーフィズはまた、第三の境地にある者はそこを去ることを急ぐべきではないと言います。前にはジグザグの道が続いており、第四の境地から落ちる可能性があるからです。それゆえハーフィズは巡礼者にこう言います。「あなたは何ゆえに、神の住まいの閾に到達することをそれほど急いでいるのですか?」
この第四の境地には、すべての力の宝庫があります。ハーフィズは、ひとたびその閾に到達したならば、素早く渡るべきだと言います。崇高な天から深淵へと落ちかねないからです。ひとたび第五の境地に位置すると、落ちる可能性はありません。
第六の境地では、巡礼者は至る所に神を見るので、急ぐとか留まるという問題はなくなります。この見ることは突然訪れます。ハーフィズは、第六の境地の希求者がこう叫ぶと言います。「今夜、なんと幸運なことか、私の愛しいお方が突然私の部屋に入って来られたのだ!」
第六の境地は「夜」と呼ばれ、「夜明け」は第七の境地を象徴します。愛しいお方が「入って来る」やいなや、希求者は神の輝きの大洋を目の当たりにし、ひれ伏してこの上ない至福を感じました。ハーフィズはこの体験についてこう言います。「彼がその夜、愛しいお方を目にしたのは不思議なことではない。それは彼が四十年の間、完全なる導師の御足元にいた労苦の実りだったからだ!」
ハーフィズはこう続けます。「愛しいお方にひれ伏したのち立ち上がった時、彼は輝きの大洋に飛び込みたかった。しかし、無限の虚空を渡らねばならなかったのだ。」
この対句は、第六と第七の境地の間にあるあの段階を指しています。巡礼者はこの局面でひどく恐れをなし、飛び込むべきか「岸辺」に留まるべきかをためらいます。日の「夜明け」[第七の境地への移行]において、彼は分離のすべての苦悩から解放され、愛しいお方と一つになります。ハーフィズはこう言いました。「私は完全に裸にされ、自分の全き栄光の中に独りでいることに気づいたのだ!
私が至高の御方への通行を許されたとは、なんと栄光に満ちた夜明けであったことか!私が導師の御足元の塵となり、そうして至高の御方となったのは、わが導師の恩寵によるものだったのだ!」
