第38章: グルプラサド庭園、1963年
1963年· ババ 69歳ページ 5,008 / 5,444
それからバーバーは大ホールに入り、ヴァサントラオ・デーシュパンデが約20分間、インド古典音楽を歌った。その後、モハン・サイガルがガザルを歌い、バーバーはそれを特に楽しんだ。それから皆がバーバーのアルティを歌い、その日に去る者たちはバーバーを抱きしめた。
昼食の後、バーバーはラヴァーたちに囲まれてベランダに座った。バーバーがその日、プーナ地区クリケット協会のいくつかのクリケットチームにトロフィーを授与することを承諾していたので、大ホールは完全に空けられた。各チームは午後1時45分頃にホールに集まった。地元の人々も多く招かれていた。バーバーはいつものディーヴァーンに腰を下ろし、その左手のテーブルにはトロフィーと証書が置かれていた。数人の新聞記者と写真家が、その行事を取材するためにそこに居合わせていた。バーバーは述べた。
私がこのような行事に参加するのは、これが初めてです。それには二つの理由があります。一つ目は、私がマハーラーシュトラ州のプーナで生まれたということです。もう一つは、私が幼少の頃からクリケットを大変好んできたということです。霊的には、私は宇宙的存在です。私はいつもクリケットの試合を見るのが好きですが、人々は私を安らかに観させてくれません。
ある時、私はアフマドナガルの市長から、よい試合を観戦するように招かれました。それはランジ・トロフィーの試合の一つでした。私がそこへ着いた時、市長は花輪を手に私を待ち受けており、その背後には随員一同が控えていて、彼らは次々と私のダルシャンを受けました。人々が私の周りに群がり始め、結局のところ私は試合を見ずに立ち去らねばなりませんでした。
午後2時、プーナ地区クリケット協会の書記サダシヴ・パルスーレが、バーバーに花輪を掛け、執行委員会の委員たちに紹介し、短い演説を行った。彼は、勝者たちはトロフィーを受け取るだけでなく、アバターであるメヘル・バーバーの祝福をも受けるのだと述べた。彼の演説の後、バーバーは各チームの主将たちにトロフィーカップ、シールド、功労証書を授与した。エルチがクリケットの選手たちに宛てたバーバーのメッセージを読み上げた。
本日これらのトロフィーを贈呈できることを嬉しく思います。私が学校や大学に通う少年であった頃、私はクリケットをしていました。今、私はクリケットをも含む神聖な宇宙の遊戯を行っていますから、依然としてその競技を好んでいます。
何事に取り組むにせよ、優れていることは良いことです。ただし、その卓越さに謙虚な気持ちが伴っている限りにおいてです。なぜなら、それが神への愛へと導き、神を愛されるべきように愛することこそが最上の卓越だからです。私はあなた方に、いつの日かそれぞれがこの愛を持てるようにとの祝福を贈ります。
