それからバーバーは自身の若い頃の一件を語った。
“”試合そのもののためにクリケットをしてください。勝敗のことは考えず、真のスポーツマンらしく観客に喜びをお与えください。観客を喜ばせるために胸を尽くしてプレーするなら、それはあなた方が成し遂げた偉大な業です。しかしアウトになるまいという思いだけでプレーすれば、観客を失望させ、彼らの金を無駄にしてしまうことになります。観客を退屈させることのないようにしてください。結局のところ、彼らは明るく優れたクリケットを見たいという望みを抱いてやって来るのです。あなた方が試合そのもののためにプレーできるよう、私の祝福を贈ります。
私がセント・ヴィンセント高校の生徒であった頃、ニュー・ハイ・スクールと試合をしたことがありました。私は優れたウィケットキーパーであり、また優れたバッツマンでもありました。その試合で、私はオープニング・バッツマンでした。チーム全員がアウトとなった一方で、私はアウトにならずにフィールドから戻ってきましたが、得点はわずか33ランでした。パビリオンに戻ったとき、少年たちも観客もみな私を冷やかし、ヤジを飛ばしました。私は安定したプレーはしましたが、観客は満足していませんでした。1ですから、観客が喜びを感じるような形で試合をしてください。 いくつかのバジャンが歌われ、続いてアルティが行われ、その後クリケットの選手たちは去っていった。ラヴァーと帰依者たちが再びホールを埋め尽くし、午後4時30分までデーシュパンデの歌に耳を傾けた。その日にバーバーを抱きしめていなかった者たちは、プログラムが終わった後、別れの抱擁を交わしに彼のもとへやって来た。
翌日、タイムズ・オブ・インディアはスポーツ面に「明るいクリケットをめざせ──メヘル・バーバーは語る」との見出しの記事を掲載した。インディアン・エクスプレス紙もこの独特な行事についての記事を載せ、ある新聞はこう伝えた。「メヘル・バーバーはクリケット選手たちの中にも多くの信奉者を擁しており、その代表格としてインド代表主将のナリ・コントラクター、ポリー・ウムリガル、カンドゥ・ラングネカルらが挙げられる。」
クリケット表彰式、グルプラサド、1963年5月26日1963年5月27日月曜日の朝、バーバーはベヘラムとバヌー・ダダチャンジ夫妻の九歳の娘アルマイティのために、ゾロアスター教のナヴジョート(入信式)を執り行った。バーバーはまずその少女に、グジャラート語で声に出して次のように祈らせた。「アフラマズダー、聖なるゾロアスター、アバターであるメヘル・バーバー様! どうか私が常に善き思いを抱き、善き言葉を語り、善き行いをなせますように。」