第4章: 旅路
1924年· ババ 30歳ページ 485 / 5,444
バルチャ・ビルディングには大きな天幕が張られ、多くの信徒が各地から到着した。マンダリは多忙を極め、朝の茶を飲む暇さえなかった。会場はナヴァルによって華やかに飾り付けられ、バーバーには花輪がいくつも掛けられた。音楽と歌の催しもまた大成功を収めた。
こうした儀式が行われている最中、イラニ・マンションから食事を運ぶことについて少々の混乱が生じた。バーバーは催しを中断し、苛立ちを露わにしたまま家まで歩いて行き、大きな食事の容器を自ら肩に担いでバルチャ・ビルディングへと運んだ。マンダリが食事の鍋を代わりに運ばせてほしいと懇願したにもかかわらず、バーバーは拒み、苛立ちを込めて手を振り彼らを退けた。街路を歩きながら、導師はご自身の誕生日に名もなき苦力(クーリー)の仕事をなさったのである!重い荷を担いでいる彼を目にした客たちは驚愕した。
ムンシジと数人の他のムスリム信徒は、導師の機嫌が取り返しのつかないほど損なわれてしまったと恐れて、バルチャ・ビルディングを去ってしまった。しかしその少し後、バーバーは彼らを連れ戻すためにチャルニー・ロードのムンシジの家まで車で向かった。皆がバーバーの誕生日の祝宴に喜んで与り、雰囲気は通常へと戻った。その午後、導師は祝いに集まった人々に対して霊性についての談話を行った。一人のイラニーの男はその談話に深く感銘を受け、酒をやめ他の悪習も断つと約束し、パンと水だけで生きていくと誓った!数日後にこれを知ったバーバーは、酒以外は普段通りの食事に戻すよう、その男を説得した。
ウパスニ・マハラジはこの一年間、自らを竹の檻の中に閉じ込めていたが、サコリから、バーバーの誕生日が祝われたまさに同じ日、2月12日にマハラジが檻から出てきたとの知らせが届いた!それゆえこの日は二重の喜びの日であり、バーバーの損なわれた機嫌は、サコリにおけるマハラジの突然の動きと何らかの内的な関係があったのかもしれない。マハラジの動きを物理的に制限していたその檻は、密かに至福の大洋を秘めていた!しかし、メルワンの生誕を祝してその大洋から流れ出した水を見ることのできる者は誰一人いなかった。
バーバーは数週間にわたりペルシアへの旅を計画しており、より多くのマンダリがバルチャ・ビルディングに再び合流していた。旅に同行する者として八人が選ばれた。アディ・シニア、バイドゥル、ベヘラムジ、グスタジ、マサジ、ネルヴァス、パドリ、ヴァジフダルである。1月29日、ペルシアへ旅立つ予定の者たちは、それぞれの旅券を携えてペルシア領事館へ赴いた。
