第37章: 東西の集い
1962年· ババ 68歳ページ 4,844 / 5,444
霊的な道にある者は、神を知りたいという衝動を抱くようになります。そして道の上にあれば、彼は光や色など様々なものを見始めます。彼は自分が目標に到達したと思い、神を体験していると思い込みます。彼は、自分が旅を始めてさえいないことに気づかないのです。それはすべてタマーシャ [茶番] です。道の体験は数多くありますが、そのすべては過ぎ去る見世物にすぎません。
神を実現したことの徴は、その人が自分こそすべてであり、すべての者であると、絶えることなく途切れず体験することにあります。彼は無限なる至福の大海であり、全能にして全知なる存在です。しかしこの体験は、すべての人が得られるものではありません。ただ稀なる一つの魂だけが神を実現します。
神を実現することは、人が思うほど容易ではありません。しかしこれは、神への愛によって — すなわち完全なる導師の足下の塵となることによって — 得られます。あなたはもはやあなた自身のものではなく、完全なる導師に完全に属する者となります。
ハーフィズは言っています。
選ばれし者となりたければ、
すべてを捨て、従順をもって彼に身を寄せよ。
そうすれば、なぜ、いかなる理由で、何ゆえという問いが、
そなたの心に入るべきではない。
「ハリー、マーガレット、お分かりになりますか。」とバーバーは尋ねた。
彼らは肯定するようにうなずき、そして彼は続けた。
もう一つの点は、ただ神のみが存在し、神のほかには何もないということです。神は分かつことなき一であり、一人ひとりの内に分かつことなく在します。あの方は分けることはできません。それなのに、私たちはいたるところでこうした分割を目にします!この分離とは何でしょうか。アニタ、ベリル、エラ、ハリー、チャールズ、そしてほかの方々がおられます。なぜこのような分離があるのでしょうか。なぜあなた方は皆、分かたれているのでしょうか。神はすべての人の内に在し、バーバーの内にも在します — 神こそがすべての人なのです。バーバー自身が神なのです。では、これらの分割とは何なのでしょうか。それはただマーヤーの戯れと、あなた方の無知にすぎません!分割など存在しません!
神は大海です — 無限なる、岸なき大海です。大海におけるすべての滴は、大海そのものです。なぜなら、滴などまったく存在しないからです — それはすべて、分かつことなき岸なき大海なのです。しかし、ひとたび泡が生じれば、分離の見せかけが現れます。ここに泡が一つ、あそこにもう一つ、さらにあちらにもう一つ。それぞれの泡が一つの滴を包み込んでいます。心こそが泡なのです。泡があなたに個別性の印象を与えるため、それが弾けるまで、あなたは自分が大海であることを知りません。例えばアニタの泡が弾けて消えれば、そのとき「滴」としてのアニタは、自分こそが本当は大海であることを知るに至ります。
