第37章: 東西の集い
1962年· ババ 68歳ページ 4,824 / 5,444
バーバーがメヘラザードを発ってプーナへ向かった日は、のちにキューバ危機として知られることになる事態の幕開けだった。10月初め、アメリカの偵察機はソ連がキューバにミサイルを配備したことを発見した。そのミサイルは西半球のいかなる地点へも核弾頭を運搬でき、アメリカの主要都市をすべて壊滅させ得るものだった。10月24日、合衆国大統領ジョン・ケネディは米海軍に対し、キューバに出入りしようとする船舶の封鎖を実施するよう命じ、核ミサイルが撤去されなければアメリカはキューバに侵攻すると警告した。数日間、世界は核戦争の瀬戸際にあるかに見えたが、10月28日、ソ連はアメリカが封鎖を解き、キューバに侵攻しない旨の保証を与えるならばミサイルを撤去することに同意した。
またその同じ月、インドと中国の間における潜在的な軍事衝突も憂慮すべき規模にまで膨れ上がった。中国はインドの北東部国境を攻撃し、中国軍兵士はヒマラヤを越えて南へと押し進んだ。他の国々が参戦していたなら、第二次世界大戦のような世界規模の紛争へと発展していたかもしれない。
マノハル・サカレはデリーの内閣官房(軍事部門)で統合情報スタッフとして勤務しており、国境では宣戦布告なき戦争が進行中で業務量も極度に重く張り詰めていたが、それでも彼は集いのためにプーナまで来ることができた。彼は10月26日に到着した。彼と妻がグルプラサードでバーバーに会ったとき、バーバーは愛情込めて抱擁し、旅と安否について尋ねたあと、二人を座らせた。からかうような微笑みを浮かべて、バーバーはサカレに言った。
「ここにあなた宛ての電報があります。直ちに職務に戻るようにという内容です。ですからお戻りなさい。」
サカレは涙ながらに、バーバーご自身が二人をプーナに来させたのだから、せめて数日でも集いのためにとどまらせてほしいと懇願した。
満面の笑みを浮かべ、バーバーは11月4日まで滞在することを許し、こう述べた。「ただし、5日には戻り始めなければなりません。」
サカレは喜んで同意した。
数日後、インド空軍の関係者数名がマノハル・サカレを訪ねてグルプラサードへやって来て、彼は慌ただしく外へ呼び出された。
バーバーは冗談めかして言った。「彼らがやって来ました。あなたに手錠をかけて連れて行ってしまうでしょう!」
サカレは「いいえ、バーバー……」と懇願し始めたが、バーバーは早く行って軍関係者に会うようにと手で促した。
デリーの彼の部署からさらに別の連絡が届き、サカレに直ちに戻るよう命じた。
バーバーは言った。「お待ちなさい、お待ちなさい、今に彼らがあなたを取っちめるでしょう!」
しかし、何度もやり取りが交わされたのち、夫妻はバーバーが予告したとおり、5日にようやく出発した。
