第36章: 無関心であることに関心を持つ
1962年· ババ 68歳ページ 4,808 / 5,444
エルチはかつて、十三世紀から十四世紀のあいだにラクナウに住んだ完全なる導師について、バーバーが語ったこの物語を伝えたことがある。その完全なる導師は、女性のように装い腕輪を身につけていたため、マフブービー(両性具有的存在)として知られていた。中世のインドには、放浪の吟遊詩人として生きるヒジュラ(宦官)の階層が存在していた。彼らは通常の社会からは追放された者たちであったが、生計のために婚礼の場で歌い演奏するよう雇われ、また葬儀の場で泣き喚き哀悼するためにも雇われた。それが彼らの生業であった。このサッドグルもその一人であり、ある一族の長であった。ラクナウでは、仲間のヒジュラを除いては、彼が霊的に進歩した存在であること、まして実はサッドグルであることを知る者は誰もいなかった。そして、彼の名声は次のようにして広まったのである。
ある日、無頼漢の一団が悪ふざけ気分で、小さなヒジュラの一行を辱め、暴力を振るおうとしていた。無頼漢の一人がヒジュラたちの首領(そのサッドグル)を指し示した。その男が首領を指さして目が合い、対峙しようとしたその瞬間、男は突然立ち止まり、もう一歩も進むことができず、腕を下ろすこともできなくなった。数分間、どれほどもがいても、彼はその場で麻痺したかのように動けなかった。その男が首領にこの術から解いてくれるよう懇願し、ヒジュラの一行には危害を加えないと約束して初めて、首領はその無頼漢が再び動けるようにしてやった。ほどなくこの話は広まり、首領の神秘的な力が知れ渡り、人々は彼を導師と認めるようになった。
その後、ラクナウの人々がこのヒジュラを崇め始めると、彼が卑しく蔑まれた階層の出身であったため、自然と反対の声が上がった。ヒジュラの首領の力を否定して見せるため、ラクナウの有力な二家が一計を案じた。それぞれの家の息子である二人の少年が、夫婦を装って導師のもとを訪れることが決められた。少年の一方は女装し、二人で導師の前に現れ、子を授かるよう祝福を願い出ることになっていた。当然ながら、二人とも男であるためにそれは不可能であり、これによってラクナウの人々に対して導師が偽物であることが証明され、彼を追放することになるはずであった。
計画通り、二人の少年は導師の前に現れ、一人が女装し、子を授かるための祝福を求める夫婦の役を演じた。
ヒジュラは、二人が真摯であるか、本当に子を望んでいるのかを尋ねた。二人は、子こそが祝福となるであろうと請け合った。
「ならば、そうなるであろう」と導師は言った。「そなたらは子を授かるであろう。」
少年たちはその知らせを携えて家に帰り、両家はこれによってヒジュラへの崇拝が止み、彼が詐欺師として暴かれることになると確信した。
