第36章: 無関心であることに関心を持つ
1961年· ババ 67歳ページ 4,772 / 5,444
三日後の1961年9月17日日曜日、アフマドナガルの愛する者たち十八人が午前9時にメヘラザードに来て、一時間にわたりルストム・カカ、彼の妻シラ・カク、二十四歳の女性ウシャ・クルカルニ、そしてコキラ・ティワリがバジャンを歌った。1アフマドナガルから来た他の者たちも居合わせ、その中にはヌッセルワン・サタとその兄弟ピルー・ママ、ブルジョル・メータとその妻メフル、ランゴレ、チャガン、ワマン、ダケがいた。
バーバーがマンダリ・ホールに入ると、彼はアフマドナガルのバジャン・グループから三、四人をしばらく自分の前に呼び、それから全員を中に呼び入れた。いつもどおり、歌が始まる前にバーバーは何人かにその健康状態を尋ねた。
彼は言った。「あなた方がここにいるからといって、私の隠棲が破られたわけではないということを、はっきりと理解しておいてください。あなた方は、私が突然音楽を聴きたくなったというそれだけの理由でここに来ているのです。」
彼はまたこう伝えた。「もし来週の日曜日に雨が降らなければ、アフマドナガル・センターに定期的に通う私の愛する者たち全員[およそ50人]に会いましょう。」
マネクは前日プネーから来ていたが、バーバーは彼に尋ねた。「どうしてプネーでの勉強を放り出してアフマドナガルへ来たのですか? もし試験に落ちたら、私はあなたの顔を見ません。」
マネクはものまねが巧みで、バーバーは彼に父親のルストム・カカを真似てみるよう言った。彼が始める前にサロシュが到着し、バーバーは間近に迫ったイタリア出張について尋ねた。
バーバーは彼に説明した。「あなたは幸運です。あなたへの私の愛と、あなたへのナザル[加護のまなざし]のおかげで、あなたは再び商売がうまくいっています。どこにいても私を思い出してください。」
バーバーはハーフィズの一句を朗詠させた。世界とそこでの営みはまったくの零、すなわち「無に無を掛けたもの」という趣旨であった。
彼は付け加えた。「30年のうちにサロシュがもうここにいなくなれば、すべては忘れ去られ、後に置き去りにされるでしょう。記憶に残される唯一の方はバーバーであり、その愛する者たちの慰めであり、避難所なのです。」
マネクが父親の歌い方を真似はじめると、皆は大いに喜んだ。
バーバーはサロシュに言った。「マネクはプッカ[達人]のものまね名人です。」彼はマネクに言った。「次回はサロシュとアディの真似を見てみたいですね──しかし、何があっても私の真似だけは決してしないでください!」
それから、ルストム・カカがハルモニウムで先導し、歌がはじまった。彼はバウが書いた歌を一曲歌い、バーバーはそれをとても気に入った。バーバーは彼に、バウの作品にもっと曲をつけて歌うよう助言した。最後にバーバーはアールティを歌わないようにと望み、それは来週の日曜日に行えばよいと述べた。
脚注
- 1.ルストム・カカは三年前にウシャ・クルカルニにバーバーのことを話していた。
