第36章: 無関心であることに関心を持つ
1961年· ババ 67歳ページ 4,770 / 5,444
この時期、ドイツではベルリン危機が頂点に達しつつあった。バーバーがメヘラザードに戻ってから一週間以内に、その都市は分断され、共産主義者たちは東西ドイツを分かつベルリンの壁の建設を開始した。
バーバーは隠棲中で旅行の予定もなかったが、彼のパスポートは1961年8月末に更新され、6年後の1967年8月末にも再び更新された。
1961年9月14日(木)、バーバーは貧しいアランガーオン村人たちに饗宴をふるまう手配をした。パドリがその準備を監督した。バーバーはその朝午前9時30分に、エルチ、フランシス、カイコバードを伴ってまずクシュル・クォーターズに立ち寄った。彼はアディに、自分の隠棲は続くこと、そしてアディは呼ばれた時のみメヘラザードに来るようにと告げた。バーバーはグルマイ、ピロジャ、フェラムに会った。当時78歳であったグルマイは、結腸癌を患っていた。彼女はマスターニ[神に酔う女性]のようであり、自分や他人に水を浴びせかけたりしていた。彼女はよく光と妖精のような小さな姿が見えると言っていた。バーバーは彼女を抱きしめて慰めた。ピロジャはバーバーと一緒に居たいと言い、バーバーは隠棲が終わった後にもう一度尋ねるようにと彼女に告げた。
バーバーはその後メヘラバードへ行き、そこで村人たちに会った。数人の信者が彼の前でバジャンを歌った。その日の遅くなって食事が出されると、集まった人々は「アバター・メヘル・バーバー・キ・ジャイ!」の叫びと共に饗宴を始めた。
下メヘラバードで、バーバーはファミリー・クォーターズからバウの家族を呼び寄せた。バーバーがプーナにいる間、バウの息子メヘルナートは黄疸を患っていた。ある夜、彼の皮膚が濃い黄色に変わり、症状は深刻になった。
その夜、バウが当番を務めていた時、バーバーは彼にこう尋ねた。「ラマから手紙は来ていますか? メヘルナートはどうですか?」
バウは答えた。「分かりません。彼女からは何の手紙も受け取っておりません。手紙を書くなというのはあなたのご命令です。」
バーバーは答えなかったが、夜通し落ち着かない様子であった。
数分おきに、彼はバウにこう尋ね始めた。「もしメヘルナートが死んだら、あなたはつらく感じますか?」
バウは言った。「いいえ、私は彼のために悲しんだりはいたしません。」
「あなたはそうではないでしょうが、ラマはそうでしょう。」とバーバーは述べられた。
グルプラサードに居た間メヘルナートに関する知らせは何もなかったが、メヘラザードに戻ってから彼が重病であったことが知られた。バーバーがグルプラサードでひどく落ち着かなかったまさにその夜が、メヘルナートの容体が悪化した夜であった。パドリはホメオパシーの薬で彼を治療し、彼は輸血を受けることなく回復した。
