第36章: 無関心であることに関心を持つ
1961年· ババ 67歳ページ 4,746 / 5,444
「私の栄光は限りがありません。私は岸辺なき愛の大洋であり、汚物であろうと甘露であろうと意に介しません。誰でも私のもとに来ることはできますが、どれほどの愛を受け取れるかは、その人が携えてくる器によります。コップであればコップ一杯分、バケツであればバケツ一杯分しか持ち帰ることができません。しかしごく稀に、真の英雄、大洋そのものをひと飲みにできる愛の巨人が現れるのです!」
十六日午後四時半には、ボランティア(ラマクリシュナンのような者)とまだバーバーに会っていない者だけがグルプラサード訪問を許された。プカール、デーシュムク、バル・ナトゥは、バーバーが中へ呼んでくれることを期待しながら門の外に集まっていた。デーシュムクは言った。「私たちが門の外に座っているのは良いことです。バーバーは私たちに一つの教訓を学んでほしいのです。すなわち、肉体的に不在のときにもその存在を感じることです。」
数分も経たないうちに、アロバが三人を中へ呼んでいるという伝言を持ってきた。
彼らが入ると、バーバーは咎めるように言った。「あなた方が外でうずくまっていることは、ダルシャンに来ることについて出された回状の内容に適っていますか?」
デーシュムクが彼らの事情を訴えた結果、バーバーは彼らが毎日午後にグルプラサードを訪れることを許した。
数日後、最近の回状について言及があったとき、バーバーはその三人を見ながら手振りで「一人より三人が喜ぶほうが良いのです」と伝えたが、その一人とは自分自身のことを指していた。
バル・ナトゥはバーバーの指示を文字通りに守れなかったことに罪悪感を覚えて言った。「バーバー、明日からは来ないことをお許しください。」
バーバーは答えた。「なぜですか?一度でも盗みを働けば、あなたは泥棒です。十回別々に盗みを働いても、あなたはやはり同じ泥棒です。ですから、引き続きいらしてください。」
ある教養のある男性に、バーバーはこう助言した。「『神は語る』を読みなさい。それはあなたの知性を試し、また胸を開いてくれるでしょう。それは心(マインド)にも胸にも糧を与えてくれます。」
これらの夕方の集まりは毎日開かれていたが、愛する者たちのためのものであって一般の人々のためのものではなかった。しかしある午後、バーバーはプネーの市長が二人の前任市長を伴って来ることを許した。バーバーは彼らにマーヤーについて説明した:
神のみが永遠の存在として実在し、それ以外のすべては幻影、すなわちマーヤーの創造物です。では、マーヤーとは何でしょうか?マーヤーは無知の原理です。マーヤーは、実際には存在しないものをあるかのように感じさせます。実在においては、男も女も、いわゆる有情物も無情物も存在しません。実在しないものを実在し存在するかのように見せるもの、それがマーヤーです。
