無関心であることに関心を持つ

1960ページ 4,715 / 5,444第36章 / 40
例えば、湖に映った月を見る時、あなたの視線が湖に向けられている限り、あらゆる点で月は水の中にあります。月は水の中にはありません。月の反映が水の中にあるのですが、月が水の中にあるかのように見えるのです。同様に、精神界にいる者の意識はここにはありません。その意識の反映がここにあるのですが、あたかもその者が物質界を意識しているかのように見えるのです。 精神界にいる者が行為を行う時、その行為は微細界または物質界の意識のみを持つ者には理解できません。同じ行為が、微細界にいる者たちと物質界にいる者たちによって、それぞれの意識に照らして異なって解釈されます。 要するに、精神界にいる者によって表現された心の機能は、物質界にいるあなたに知覚される時、あなたの物質的意識の経路を通り、あなたの認識の範囲と理解の能力に馴染みのある形や動きとなってあなたに届くのです。 1960年8月16日、バーバーが述べたことが命令であるかどうかについて議論が起きた時、バーバーは明確にした: 「私はあなたにこれをしてほしい(I want)」は、できるならしてほしいという意味です。つまり、それは要請です。「私はあなたにこれをしてほしいと望む(I wish)」は、できるかできないかにかかわらず従ってほしいという意味です。つまり、それは命令です。このような場合、不従順によって、従わないことによって、望みが妨げられる可能性があります。「私はあなたに何かをすることを意志する(I will)」は、あなたは間違いなく自動的にそれをするということ、そしてあなたがそれをできるのは私がそうさせるからです――私の意志だからです。 バーバーはまた一度こう説明した: 私が命令を下す時、それは戦場で指揮官が下す命令のようなものではありません。むしろ、私が命令を下す時、それは私の喜びを意味しています。将軍が下す命令と同等視すべきではありません。私の場合、それは私の喜びの表現です。こうして、私はあなたがたに、私を喜ばせるために最大限の努力をする余地を与えるのです。 8月23日、バーバーはこう言った: 「求めよ、さらば見出さん」はあまりにもありふれた標語となり、霊的求道者たちはそれが何を意味するのかと思い始めています。彼らに私は言います:「求めるな、さらば見出さん。」
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