第35章: グルプラサド、1960年
1960年· ババ 66歳ページ 4,708 / 5,444
次の詩句で、ある愛する者は、導師に従うことがいかに不可能であるかを語っています。
ああ愛しいお方よ! あなたは私の手足を板に縛り付け、
嵐の海のただ中に放り込んでおきながら、
衣を濡らしてはならないと、私にお命じになるのです!
これが意味するのは、要するに、導師があなたを助け、あなたが導師を百パーセント信頼するのでない限り、彼に絶対的に従うことは不可能であるということです。
私は人間の姿をした神であります。全き自発をもって私に従う備えをしていてください。私は望むときに、望むがままに愛の贈り物を授けます。それは私の意思と喜びにお任せになるのがよろしいでしょう。
心配なさらず、幸せにしていてください。
また別の日、バーバーは同様の趣旨で話した。
人は耳の聞こえぬ者、口の利けぬ者、目の見えぬ者のごとくにして、私のもとへ来るべきです。舌を持ちながら「語らず」、耳を持ちながら「聞かず」、目を持ちながら「見ない」者こそが、私を見、私に従い、私について語ることができるのです!他者に対して耳を閉ざし、他の誰についても語らず、他の誰をも見ない者だけが、神に没入したまま在ることができるのです!
これは、あなた方が無為であれ、怠惰であれという意味ではありません。それどころか、それはあなた方が、遍く満ちる愛しいお方が現される美に対して、はるかに鋭敏であらねばならないという意味です。
ハーフィズはその詩句の一つで、こう述べています。
ああハーフィズよ! もし汝の愛しいお方の臨在を願うなら、
ひと時もそのお方の御前から身を引いてはならぬ。
これは、もしあなた方が愛しいお方を強く慕っているならば、他の一切を離れ、そのお方のお側にとどまるべきだという意味です。ご自身の心を一瞬たりとも彷徨わせず、ただそのお方のみに集中し続けてください。
ですからお気をつけください。神聖な愛しいお方があなたの胸の扉を叩くときに、そのお方があなたを留守にしているのを見ることのないように!
