第4章: 旅路
1923年· ババ 29歳ページ 468 / 5,444
夕方、ベイリーがバンガローに名前をつけようと提案し、皆がこれに賛成した。バーバーとベイリーが共同で提案した「ハルト・ホー」が最良と判断された。
バンガローは二ヶ月間借りられ、皆は少なくともその期間は滞在することになると思っていた。男たちは家族に無事到着を知らせ、これからは「ハルト・ホー」の住所宛に手紙を書くようにと伝えた。
ところが翌日、バーバーは言った。「私はもう決めました。我々はただちにバスラ〔イラク〕へ行き、そこでバグダード経由でペルシャへ向かうまでの中間期間を過ごします。その頃にはバグダードの寒さもペルシャの雪も止んでいるでしょう。」
バーバーのこの言葉はマンダリにとって衝撃だったが、マンジル・エ・ミームを発って以来、彼らはあちこちを転々とすることに慣れてしまっていたので、黙っていた。ヴァジフダルに資金とパスポートを送るよう求める電報が打たれた。ベイリーはバスラ行きの次の旅客船について問い合わせ、家主にも計画変更を伝えた。こうして、平穏だった「ハルト・ホー」はイラクへ発つ準備でざわめきの巣窟と化した。
ところがベイリーが、バスラは寒波に見舞われ、マラリアを媒介する蚊で溢れているという知らせを持ってきた。また彼は、パスポートとビザの件でペルシャ領事館とも、バンガローの所有者とも連絡が取れなかったと報告した。そこでバスラ行きの計画は取りやめとなり、当面はそのまま「ハルト・ホー」に滞在することになった。
バーバージャンは時折、ある者を指してこう言うことがあった。「腰にラングーティーひとつないくせに、その名はファテー・カーンだ。」111月19日、バーバーはこの言葉を繰り返し、ガニに意味が分かるかと尋ねた。
ガニはおどけて答えた。「尻が丸出しのくせに、その男は自分の偉さを自慢している、ということです!貧乏でありながら金持ちぶり、まるで偉い者であるかのように鼻を高々と空に向けて歩き回るという意味です。」
ガニにこのことが尋ねられたのは、バーバーの命令にもかかわらずガニが毎朝相変わらず遅く起きていたためであった。バーバーはこのことで彼を何度も叱責し、罰としてガニとラムジューに毎朝四時までに起き、水浴びを済ませた後にモスクへ礼拝に行くよう命じた。
バーバーは男たちに対し、カラチに滞在している間、グスタジを除いて全員が職を見つけるよう指示した。
脚注
- 1.「ガネー・メ・ラングーティー・ナヒーン・アウル・ナーム・ファテー・カーン。」
