第35章: グルプラサド、1960年
1959年· ババ 65歳ページ 4,606 / 5,444
もしプカールが医者に胸が痛いと告げたとしても、医者は自分の医学の知識からその痛みについての見当をつけられるだけで、その痛みそのものを経験することはできません。このような物質的なことさえ表現するのが難しいのですから、微妙な霊性を理解することはどれほど難しいでしょうか。
このことを説明した後、バーバーは述べた。
「カイコバードは、この肉体を離れた後、輪廻の輪から解放されます。したがって、彼にはもはや別の姿は必要ありません。さて、カイコバードが私のサークルの一員ではなく、バイドゥルが一員であると仮定してみましょう。カイコバードには体験がありますが、バイドゥルにはありません。[それにもかかわらず]、私のサークルの一員であるバイドゥルの方が高い地位を享受しているのです。」
続けて、バーバーは説明した。
「私のマンダリの男女は、神との合一を得ます。彼らは永遠の至福、永遠の知識、永遠の力を体験するでしょう。一方カイコバードは輪廻の輪から解放されるだけです。すなわち、もし彼が私のマンダリの一員でなかったとしたらの話ですが。」
蓄音機がホールに持ち込まれ、カッワーリーのレコードが数枚かけられた。バーバーはいくつかの歌について論評した。
道の困難を恐れる者は勇敢ではありません。愛しいお方の愛の剣によって屠られることを恐れる者は、目標から遠く離れたままとなるでしょう。
導師を誹謗し疑う卑しい心の者たちは、決して目標に達することはありません。導師は愛する者に対して何の義務も負っていません。それゆえ、外見上は愛する者の困難や苦しみを気にかけていないかのように見えます。実際、導師はあたかもそれらに気づいていないかのように振る舞われます。
愛する者は導師にこう言います。「私はこれほどまでに合一を切望しているのに、なぜあなたは応えてくださらないのですか。」
導師は言います。「そなたの愛で、私に恩を着せようというのか。」言い換えれば、愛する者は自分の困難を導師に訴えてはならず、また導師から何かを期待してもなりません。
愛する者は愛しいお方にこう言います。「私の苦しみのどの夜を、あなたにお話しすればよいのでしょうか。私の愛の生涯には、ただ一つの果てしなく続く苦しみの夜があるだけなのですから。」
午後、バーバーはいつものようにカードゲームをした。その後、バーバーはホシャングとコワスとともにメヘラザードの道を散歩し、野原にあるラタンシャー・ギャラの小屋を指し示した。そこは1940年代にバーバーが夜眠っていた場所だった。
