第35章: グルプラサド、1960年
1959年· ババ 65歳ページ 4,605 / 5,444
そのマストは小さな棒を持っており、それを突然バイドゥルの目に突き立てた。バイドゥルはすぐにマストから手を離したが、自分の目から血が噴き出しているのを見て愕然とした。彼は視力を失ったと思ったが、徐々に回復し、視力を完全に取り戻した。バーバーは彼に、マストの意に反することを決して強いてはならないと説明した。
また別の機会、1956年にバーバーがアメリカに滞在していたとき、バイドゥルはバーバーの指示に従ってあるマストに接触しに行ったところ、驚いたことに、そのマストが「メヘル・バーバーはアメリカから戻ったかね?」と尋ねたと語った。
コワスは体調が思わしくなかった。
バーバーはゴヘルに次のような伝言を持たせ、彼を見舞いに行かせた。「ご自分の健康にお気をつけください。私の仕事のために、あなたは健やかでいなければなりません。」
1959年10月18日日曜日、バーバーは談話をする気分のようであった。ホシャンは、肉体的に神を見ることと、第六の境地で神を見ることとの違いについて尋ねた。
バーバーは説明したのち、こう締めくくった。「神を見ることは最終目標ではありません。目標は神と一つになることなのです。」
バーバーはカイコバードを呼び、自身の幻視や経験を語るように求めた。カイコバードは言った。「最初に私は神を見ました。そしてそれをバーバーと比べてみたとき、バーバーは神には見えませんでした。次に、すべての父の父──アフラ・マズダー──とバーバーを同時に見ました。そのとき私は、バーバーが神であると確信するようになりました。それ以後、私は光のオーラに包まれたバーバーを見るようになりました。光線のなかにバーバーを見ることは、私の内側から湧き起こるもので、いつでも行うことができます。」
バーバーは、カイコバードが肉体的に神を見る者の一例であると説明した。それからバーバーは、ヌール──神聖な光輝について話し始めた:
神のヌールは無限です。それはあなた方の電力とは異なります。電気、原子力、熱、光などのあらゆる種類の力は、神のヌールの小さな枝に過ぎません。ヌールは光ではありません。それは光をはるかに超えるものです。これを説明するために、一つの比喩を用いることにしましょう。千万の太陽を一つに合わせても、その涼しさはヌールの涼しさのほんの一部分に過ぎないでしょう。ヌールから、太陽も、星々も、月々も、惑星も、その光を得ています。ヌールは無限であり、分けることはできません。それゆえ、太陽、星、月、惑星などは、すべてその中に含まれていなければなりません。
あなた方はこれについての経験をお持ちでないので、これを説明するのは困難です。例えば、コワスがワインを飲んだことがあり、あなた[ホシャン]は飲んだことがない、としましょう。彼が酔うとはどういうことかをいくら説明しても、あなたはそれを掴むことはできないでしょう。[言い換えれば]経験がなければ、酔うとはどういうことかを知ることはできないのです。
