第4章: 旅路
1923年· ババ 29歳ページ 457 / 5,444
アバターのそばで起こるこうした日々の波乱(グスタジのような筋金入りの者にとってさえ!)は、異なる近しい弟子たちと共に繰り返し起きていた。しかしラムジューが指摘したように、「マンダリをからかい困らせているとき、バーバー自身は決して苦しみが少ないわけではなく、むしろ百倍も苦しんでいる」のだった。1
昼食前にバーバーは皆に1時間休むよう告げ、皆は喜んでそれに従った。食事のあと、一行は小川まで歩いて行き、そこで水浴びをし、衣服を洗った。バーバーはまめのできた者たちに、患部に温めた油を塗るようにと助言した。ルストムは午後5時にイガトプリ村へ遣わされ、そこで食事の手配を済ませた2時間後に戻ってきた。
10月25日午前2時30分、皆は普段よりずっと早く起きて出発の支度をしなければならなかった。ようやく眠りに就いたところで起こされ、夜番に当たっていた者たちは事実上ほとんど眠れなかった。しかしカサラを出てまもなく、また別の急な坂に差しかかった。牛は重い車を引くだけの力がなく、2マイルにわたって各自が寝具を肩に担いだり頭に乗せたりして、車を押して坂を上らねばならなかった。午前8時45分、13マイルを歩いた末に、一行はルストムが米とダールの朝食を手配しておいたイガトプリのレストランに到着した。ルストムの指示にもかかわらず、店主はそれほど早い時刻には食事を用意していなかったため、バーバーは朝食を取らないことにした。それでもバーバーはマンダリに菓子を食べ茶を飲むよう言ったが、バーバーが食事を取らずにいるのを見て、誰一人として楽しめる者はいなかった。
朝食のあと、一行はイガトプリのダーク・バンガローへ移り、午後にはイラニのレストランから米とダールが届けられた。それからバーバーは皆に休むよう指示した。午後4時、彼は美しい湖を見に行く支度をするよう告げた。皆は外出の準備をしたものの、観光に行きたがる者は誰もおらず、バーバーはそれを彼らの顔にはっきりと見て取った。そこで彼は、誰が一緒に湖へ行きたいかを尋ねた。一人として「行きたい」と答える者がいなかったため、バーバーは考えを改め、カード遊びをしようと提案した。しかしゲームが進むうちに、彼らが気乗りせずに遊んでいるとバーバーは口にし、ひどく機嫌を損ねた。その結果、彼は誰も自分に話しかけてはならぬと命じ、自分も彼らの誰とも話さないと宣言した。
脚注
- 1.ラムジュー・アブドゥラ『ラムジューの日記』(スーフィズム・リオリエンテッド: ウォルナット・クリーク、1979年)、248頁。
