第4章: 旅路
1923年· ババ 29歳ページ 441 / 5,444
一行は10分ほど舟に座って通り過ぎる景色を心地よく眺めていたが、突然大きな音がして舟が止まった。雨不足のため川の水位が非常に低く、舟は浅瀬に乗り上げていたのだった。船頭は苦労してようやく舟を引き出し、再び漕ぎ始めた。しかし数分も経たぬうちに、舟はまた泥の底に引っかかった。マンダリの何人かが飛び降りて押し始め、その努力で舟は外れた。しかし少し進んだだけで再び泥に嵌まり、今度は抜け出せなかった。舟は川の真ん中で立ち往生したが、別の舟がやって来て、一行は荷物を移す準備をした。バーバーを先頭に、一行は舟を降り、腰までの水をかき分けてもう一隻の舟へと渡り、柔らかい泥底に沈まないよう注意を払った。その後、泥まみれになりはしたものの、一行はその状況を可笑しく感じ、緊張の多くが解けた。
しかし二番目の舟も座礁し、苦労は終わらなかった。男たちは舟を降り、ゆっくり押して向こう岸まで渡した。ある時、ジャルバイが沈み込むのを感じた瞬間、肩にバーバーの手が触れ、自分の足が奇跡的に泥から浮き上がるのを見た。岸に着くと、バーバーは身体を乾かして清潔な服に着替えるよう言い、一同は茂みの陰で着替えた。一行は徒歩の旅を続け、夜8時30分にアンクレシュワルに到着した。一行は駅のホームで眠り、バーバーが必要なだけ水を飲むことを許したので、皆ほっとした。スーラト行きの次の列車は午前4時発の予定で、バーバーはそれまで休むように言い、一人一時間ずつ交代で夜警を立てさせた。
アンクレシュワルを発った一行は、7月4日の朝6時にスーラトに到着した。駅からはトンガに乗って、空いていた二階建てのパールシー・ダラムシャラへと向かった。食事の後、皆は水浴びをし、泥のナルマダ川で汚れた衣服を洗った。その日、一行は米とダールだけの食事を三度とった。スーラトからバーバーは、6日にナヴサリで合流するようルストムに電報を打った。
7月5日の朝3時15分に起き、4時にスーラトを発った。一行は荷物を肩に担ぎ、道路と並行して走る線路沿いを歩いた。午前9時にサチンの町に着くと、運搬人の小屋の近くで足を止め、グスタジが一行のためにダールと米を炊いた。
