第33章: 1958年西洋サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,403 / 5,444
その日、ナリマンはネッド・フットの運転でウィルミントンへ行き航空券を変更し、午後7時に戻ってきた。
毎朝、ダーウィンはビリ・イートンとエラ・ヴィンターフェルト、リアトリスをバーバーの家まで車で送り、掃除をさせていた。それぞれ別々の役目を担っていたが、彼女たちはバーバーの寝室へ行き、いっしょになってベッドを整えた。毎日、彼女たちはできるだけ早く仕事を終わらせようとしていた。そうすればバーバーが朝の集まりに出かける前に、居間で一緒に過ごし、その足元に座ることができたからである。バーバーが玄関から出るときまでに仕事を終えられなかった場合、彼女たちは裏口から出て、車で去っていくバーバーに手を振った。
1958年5月28日水曜日の朝、出かける前にバーバーはビリ、エラ、リアトリスに告げた。「明日、私は海辺へ行くかもしれません。肉体的に私のできるだけそばにいることが、本当に、本当に重要なのです。」
リアトリスはこの言葉が特に自分に向けられたものだと感じた。彼女はバーバーが人混みのなかにいるとき、人を押しのけてまで近づくような性格ではなかったからである。
バーバーは午前9時50分に納屋へ入り、こう述べた。
最も崇高な霊的体験は一なることの体験であり、最も崇高な霊的境地は、二元性の中に一なるものを顕す方の境地です。最も高い体験は、一なることとさえ呼ぶことのできない一なることの体験です。最も崇高な霊的境地は、二元性の中に一なるものを顕す完全なる導師の境地です。その方は、神と一つとなったのち、すべての存在への愛をもって、神を地上にもたらす方です。
今日、私は神に、その無限の慈悲によって、肉体的にこの場にいない世界中の私のすべての愛する者を、この瞬間まで許してくれるよう願い求めます。
バーバーは、ハリー・ケンモアが悔悛の祈りを朗誦するあいだ、全員にそのまま座っているよう求めた。それから彼はこう述べた。
ハーフィズはとても素晴らしいことを述べていますが、それは真理です。
彼はこう述べます。「完全なる者は塵を金に変えるのではなく、すべてを金に変える試金石へと変えるのである」。
これは、完全なる導師がただ一度のまなざし、すなわちナザル[ひと目]によって、最も深い淵にある者たちを最高の境地まで引き上げることができる、という意味です。ナザルとは、まなざしを意味します。つまり、完全なる導師がそう望むならば、ここ納屋に座っていながらインドにいる誰かに神-実現を与えようとしたとしても、ただ一度のまなざしで十分だ、ということです。
ハーフィズはさらにこう述べます。「しかし私は、そのような完全なる導師が私をめったに見てくださらないのではないかと恐れている。私は彼をこれほど深く愛しているのに、彼が目の端で私を一瞥さえしてくださらないのではないかと恐れている」。
