第33章: 1958年西洋サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,379 / 5,444
1と2の間の状態は、目覚めて揺りかごの外に出ている子どもに譬えられます。これは意識的行為の例です。
第七の境地のマジュブの状態は、夢遊病者に譬えられます。夢遊病者は眠ったまま歩き回ったり、ほかの行為を行ったりしますが、その状態では自分が何をしているのかを意識していません。同様に、第七の境地のマジュブも行為をしますが、それを意識してはいません。彼の行為は無意識的なものです——彼は食べ、飲み、話し、動き回り、その他のことをします。しかし、これらすべてが彼の無意識的行為です。
完全なる導師の状態は、完全に目覚めてはいるが、人類が絶え間なく揺らす揺りかごの中にいる子どもに譬えられます。それは意識的で能動的な無為です。無為とは揺りかごの中にいることであり、能動的無為とは他者がその揺りかごを揺らしていることです。
神はまさに意識的無為そのものです。そして、この意識的無為の静寂はあまりにも深遠であり、それが神に無限の力、無限の知識、無限の至福という属性を与えるのです。
これは理解するために二、三度読まねばなりません。難解です。ハーフィズは言いました。「宇宙とその出来事は、無から無へと至るものに過ぎない。」
我々の束縛は行為に起因します。善き行為も束縛であり、悪しき行為も束縛です。人は行為を超えていかねばなりません——そうすれば束縛はありません。表現を必要とする印象があるため、深く眠っていない限り、人は行為を超えることができません。表現はさらに行為を生み出し、行為は[さらなる]束縛を作り出します。
ドン、あなたが深く眠っているとき、あなたは神の本来の状態にいます。束縛もなく、行為もありません。しかし、過去の行為があなたに起き上がることを要求するため、あなたは印象を行為に移し始めるのです。目標とは、あなたの本来の無為の状態に至ることであり、しかし意識的にそうすることです。眠りの中であなたは無意識であり、そこには無意識的無為があります。
どのようにして行為から自由になれるのでしょうか?またしても我々は愛に立ち返ります。愛が治癒の手立てです。この化身においてだけでなく、私は降臨するたびに愛こそが治癒の手立てであると強調するのです。
我々はマストたちを見てきました。彼らは私をあまりにも強烈に愛しているので、眠ったり話したり食べたりする暇すらありません。そのような仕方で愛するよう自分を無理強いなさらないでください。それは自然にやって来ます。
私が望むのはこれです。よく聞いてください。これは私の愛する者たちにとって非常に重要なことです。
愛する者は、愛しいお方の心を守らねばなりません。私の愛する者たちに対する私の願いは、次の通りです。
