第32章: 1958年メヘラバード・サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,351 / 5,444
いかなる俳優も無視することのできない明確な権利と特権があり、また明確な義務と潜在能力もあります。自分の役を技術的に申し分なくこなす俳優であっても、自身に備わる霊的潜在能力を避けようとするならば、結局は取るに足らず、価値のない存在となります。映画界は、自らがこれほど大きな影響を及ぼしている広い世界に対する義務から逃れることはできません。そしてその義務は、霊的潜在能力が金銭を稼ぐ欲望よりも優先されることを求めています。シネ・ライター[脚本家]、プロデューサー、そして俳優たちは、自らの芸術を単なる、あるいは主に商売としてのみ見るのではなく、自身の霊的潜在能力を実現すべきです。これをより鮮明に実現すればするほど、彼らの努力の成果はより品位ある満足のいくものとなり、たとえ銀行口座についてはそう言えないとしても、自分自身との内的な勘定は大いに満たされるものとなるでしょう。もし映画界がこの霊的潜在能力に最大の重要性を与えることができない、あるいは与えようとしないのであれば、それは失敗です。
人生の緊張から解放され、不安感を和らげ、内面の空虚(その大半は貪欲と戦争に起因します)を満たすことを切実に必要としている普通の人は、本能的に娯楽というつかの間の気晴らしへと向かいます。そして映画界はこれを大いに提供しています。したがって、無数の人々の人生に影響を及ぼす最大の領域の一つを今なお有している映画界は、自らに問わねばなりません ─ 人間が真理の探究において助けを得られるよう、その霊的潜在能力を最大限に活かしているのか、それとも単に偽りの快楽に迎合しているにすぎないのか。明日の世界の責任に立ち向かうよう若者を励まし鼓舞しているのか、それとも性愛と暴力犯罪の映画の過剰によって若者の内なる成長を妨げているのか。そして、霊的で人を高揚させるものに対する人間の生来の渇きを犠牲にして、富と名声を追い求めているのか、と。
あらゆる問題の正しい解決は、ただ不可分なる真理からのみもたらされ得るのです。理論と実践、人為と自然、実在と虚偽との間にしばしば見られる誤った区別を誇張したところで、生命の統一性に作為的な分裂を生じさせることはできません。唯一にして不可分なる生命のあらゆる側面における強調は、表面的な差異ではなく、その根底にある統一性に置かれなければなりません ─ そしてこのことは、外の世界にいる人々と全く同じ力をもって、映画界にいる人々にも当てはまるのです。
